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自分流塾「和を以て貴しとなすべきか、個を以て貴しとなすべきか」 Posted on 2022/12/03 辻 仁成 作家 パリ

渡仏して20年近い歳月が流れた。
人生の3分の1はこの国で生きてしまった。
フランス人的な生き方が気に入らないなら、ここでこんなに長く暮らし続けることは出来なかったであろう。
じゃあ、何がぼくをここにこんなに長く引き留めているのか、ということである。
まず、ここでは、自分を全面に出して生きることが出来る。
周囲を気にしなくてもいいのだ。
周りにどう思われているのか、気にして生きている人がいない。
みんな自分が人生の主役だと思っている。
とにかく人権の国だから、老若男女問わず人権を主張し、それがだいたいまかり通る。
つまり、ストレスがない。

自分流塾「和を以て貴しとなすべきか、個を以て貴しとなすべきか」



逆に言うと、フランスにやって来た観光客たちが酷い扱いを受けたと言ってフランス嫌いになる確率もそれだけ大きい。かなり、嫌いになる人がいます。
世界的に「フランス人=変わり者」と思われている。
それは、みんな自分が主役で生きているので、仕事であっても自分が卑屈になるようなことはやらないからだ。
お客様は神様みたいなことは、まず、あり得ない。
サービスはサービスだが、そこは自分の責任下ではない、と思うと、そこで仕事の放棄とか、普通に起きてしまう。
「ごめんなさい、そこは私、関係ないので」というのをよく聞く。「私のせいじゃないから」というのもよく聞く。
この線引きがあっさりしていて、「自分に及ぶ面倒くさい」は必ずシャットアウトしている。
一方で、シャットアウトされた方はたまったものじゃない。
それが君の仕事だろうが、と当然言いたくなるし、言ったこともある。
ぼくの友人らの何人かは「二度とフランスにはいかない」と言い切っている。本当に、面倒くさいよ、フランス人は・・・、笑。

自分流塾「和を以て貴しとなすべきか、個を以て貴しとなすべきか」



でも、すべての人が自分を何より大事にしているのだ、とわかって、自分が同じ立場なら同じようなことをやるかな、と思うようになると、フランスの個人主義が生き易さを与えてくれるようになるから、これまた、不思議なのである。
こんなことで自分我慢する必要ないじゃん、が基本なので、実にあっさりしている。
でも、じゃあ、冷たい人間たちか、というと、ボランティアとか社会奉仕は誰よりも熱心にやっていて、困った人がいると恥ずかしがらずがんがん手を差し伸べている。
ちなみに、ぼくは日本ではいつも「変わり者」と、後ろ指さされっぱなし組であった。
そういうぼくもこのフランスではたんなる普通のおじさんになる。
なんでこんなことに気を使わないとならなかったのだろう、と思える社会がここには存在しているのだ。
自分を主張することが「由し」とされているので、組織の中でも、集団イジメなどが滅多にない。
もちろん、意見が合わず揉めることはあるが、たいていは一対一で揉める。
全員が個性の塊なので、敵も出来るが、必ず誰かが味方につき、のけものになることや疎外されることが少ない。
ただし、自己主張ができないと逆に生き難い世界でもある。
自分を持ってないと、みんなに相手にされなくなるので、つまり、自分を主張することが大事な世界ということになる。
主張をしちゃいけない世界がほとんどのこの世界にあって、フランス的な自分を全面に押し出していい人間社会は、その距離感の保ち方さえわかってしまえば、逆に楽なのである。

自分流塾「和を以て貴しとなすべきか、個を以て貴しとなすべきか」



聖徳太子が制定した十七条憲法の第一条に出てくる「和を以て貴しとなす」という教えが日本人の心の根底にはある。
この一文は人間観の調和を説いている。
日本人の「和」の精神はこのような美徳を心の根底に持っているので、まず、もめ事があれば、自ら一歩譲って、相手を尊重する。全体の調和を維持する集団的調和社会なのである。
しかし、この「和」を重んじ過ぎるがために、「個」を我慢しないとならないのが時々、辛くなることもある。
調和の難しさであろう。
会社などの集団社会で、調和が優先されると、どうしても個がその犠牲になってしまう。和よりも個が優先される社会はなんとまとまりの悪い社会だと認めざるを得ない。
しかし、マスクなんか外したいけど、みんなが着けているので外せないのが日本であり、したければするのは自由というのがフランスなのである。
ぼくはみんながしないフランスでしっかり着けています。
どちらがいいのか、という話ではなく、どちらの良さもわかるぼくは、個を重視した上での和と調和という神仏混合的考えでこの人生の難局を乗り切ろうとしている。

追記。そうはいっても、この話しの結論導きだすのは難しいですね。何が正しいとか、簡単には、決め切れない。自分らしく生きる。ぼくは、変わり者と言われても、へっちゃら、なので、まずは、そこを死守・・・。

自分流塾「和を以て貴しとなすべきか、個を以て貴しとなすべきか」



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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。