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リサイクル自分流日記「挫けてもいいが、すぐに起き上がれ!不撓不屈でいこう」 Posted on 2023/05/26 辻 仁成 作家 パリ
なぜ人は挫けるのかといえば、それは自分に負けるからだろう。
ぼくが挫ける時はいつも自分に負ける時で、他人にやられた時ではない。
他人が何を言おうと気にすることはない。
人間にはいろいろな意見があるし、そもそも、いろいろな人間がいる。
80億人もの考え方の違う人間の意見にいちいち振り回されていたら身が持たない。
鬼か、と思うようなことを平気でするような人も数えられないくらいこの世には存在するのが現実である。
仏より、鬼の方が多いのが世の常である。
(いったいこの世に何千発の核弾頭があるというのだ! 地球は何回絶滅すればいいのか)
人間と言う言葉を通して一つのイメージを持ってはならない。
フランス人、ロシア人、アメリカ人、日本人というカテゴリーで全ての人間を鋳型にはめ込んで見てはならないのと一緒だ。
日本人にはいろいろな日本人がいる。凶悪犯罪者もいれば、虫も殺せないような善良な人間もいる。
そういうことを分かった上で、他人が全て正しいことはありえないという前提に立つ。
ならば他人が何を言っても気にしないで済むようになる。
思い当たるなら耳を傾ければいいし、思い当たらなければ無視でいい。
ぼくはそうしてきたし、いちいち周りの言葉で傷ついたり喜んだりすることはそもそも時間の無駄なのである。
じゃあ、なぜ僕は挫けるのかというと、つまり、それは自分に負けるからだ。
人が言った悪口を正面で受け止めるからである。
飛んできた火の粉を掌で受け止める者はいない。火傷してしまう。
自分に負けるということはそういうこと。
自分がひよるから他人の言葉がなだれ込んできて、自分を苦しくさせていく。
結局、それは自分がその言葉に押しやられて負けたからに過ぎない。
意味もなく人を殴りつけるように人を批判するのが趣味な人はいくらでもいる。
その言葉を真に受けて挫けてしまうことくらい愚かなことはないだろう。
それをぼくは「自分に負ける」と呼んでいる。
その連中に負けるのじゃない。結局、自分に挫けて倒れてしまうのだ。
不屈という言葉がある。
あらゆる困難が火の粉のように降って来ても、自分の意志を貫いて、その火の粉を払いのける心意気や突き進む姿勢のことを指す。
ぼくはずっとこの言葉を自分に言い聞かせて生きてきた。
「不撓不屈であれ」と呟く時、それは自分に負けるな、ということを意味している。
簡単なことのようだが、これが実は一番難しい。
その時に誰も正解を教えてくれない。
自分の中にしか正解がないのだから、自分を信じる力でもある。
ぼくは表現の道に入ってからずっと「不屈」であろうと心掛けてきた。
きっと、これからもそれを続ける。
それは単純な理由からだ。
人間は自分に負けなければ挫けることがないかからなのである。
不屈で行け。
posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。