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自分流塾「折り合うこと」 Posted on 2025/04/03 辻 仁成 作家 パリ
人間というのは、ちょっとずつ我慢をして、ちょっとずつ譲り合って、ちょっとずつ否定しあい、ちょっとずつ認め合い、ちょっとずつ分かち合い、ちょっとずつ距離を測って、ちょっとずつ溝を埋めながら、ちょっとずつ当たり散らして、ちょっとずつ好きになっていく、つまり、なんとか、ものごとを丸くおさめているんだと、思う。
そのくらい、人間はみんな考え方も、生き方も、なにもかもが、異なっている。
絶対にまじりあえない人たちがいる一方で、なんとか話し合えば分かち合える人がいる。
話しをいくらしても聞いてもらえない人がいる一方で、話せばわかる人たちもいる。
凸凹(デコボコ)なのが人間で、その人間がここまで多くなると、その分、ぶつかる分も増えていく。
憎しみも増え、それがいがみ合いになって、最後は戦争になる。
人類はいま、そういう厳しい局面に立たされているんだと思う。
じゃあ、どうやって、そういう世界の中で、自分を保っていくか、自分を維持していくか、自分が壊れないように、生きていくのか、ということだ。
折り合う、という言葉がある。
和解という言葉がある。
人間はまず、自分と折り合っていくことが大事だ。自分と和解していくことが大事なのだ。
自制という言葉があるが、どのような厳しい状況でも自分を適合させていかないとならない。
怒ることも必要だし、泣いてもいい。
そこが満員電車で、席が埋まって座れないとする。でも、ちょっとみんなが詰めて、譲り合えば、座れる人も増えるのだ。
それは、その人がどのような心持で世界と向き合い、心と折り合っていくか、で異なって来る。
怒りは当然だが、その怒りにまかせて生きていては世界は維持できない。折り合うことが出来れば、そこに一席、誰かが座ることのできる席がうまれる。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、でいいんだと思う。
現代は、実に難しい世界だが、なんとなくうまくやっていくしかない時だって、ある。もし、そうしないと、いっぺんに世界がぺしゃんこになってしまうからだ。
つまり、
人間というのは、ちょっとずつ我慢をして、ちょっとずつ譲り合って、ちょっとずつ否定しあい、ちょっとずつ認め合い、ちょっとずつ分かち合い、ちょっとずつ距離を測って、ちょっとずつ溝を埋めながら、ちょっとずつ当たり散らして、ちょっとずつ好きになっていく、つまり、なんとか、ものごとを丸くおさめていく生き物だからである。
もはや、人間は後戻りできないほどに、破壊的な力を持ち、とどまることのないエゴを抱え、とことんわがままし放題の格差関係を持ってしまったからなのである。
出来るかぎり、お互いのいいところを、認め合い、許し合い、信じあう世界が残ることを、希望する。
posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。