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自分流塾「人はくらべるから、苦しくなるのに、あゝ、人間はつい、やっちまうんだな」 Posted on 2024/10/19 辻 仁成 作家 パリ

人間、苦しくなるので、ぜったいにやっていはいけないことがある。
それは自分をまわりの誰か、あるいは他の人と、くらべることだ。
ぼくらはつい、誰かと自分を比較し、不満ややきもちや憎しみを抱くようになる。
人間が不幸になる根本の原因は、他人との比較にはじまる。
あの人は、こんな自分よりもうまくいっていると思うと妬みが生まれ、怒りが出てきて、敵対心までも生まれる。
それが、穏やかだった日常に悪い影響を持ち込み、心を傷つけ、生活を壊していく。
日本人は昔、それをいさめるために、「人は人、自分は自分」と言うことばを発明した。
この言葉は、正しい。
それなのに、人間はみんな、悔しいと感じる、あの人だけ幸せで自分はあの人みたいに扱われてない、と不満を感じるのである。
その負の気持ちは、明らかに、自分と誰かを比較するから生じるに他ならない。
誰かが成功しようと、誰かが信じられないほどの贅沢な暮らしをしていようと、世界中の異なる価値を、自分に引き込んで、当てはめることくらい、愚かなことはないのに・・・。・
わかっているのに、つい、比較してしまう、自分がいる。
もしも、「人は人、自分は自分」を貫けるようになれるなら、自分の人生は、再び穏やかで平穏な日常を取り戻すことが出来る、はずだ。
成功した友だちを見ても、何とも思う必要なんかないのだから。
そもそも、人生が違うし、人間が違うわけで、価値観も、考え方も、そもそも、生き方も、違っている。
自分は自分の幸せを探せばいいだけだ。
比較してなんになる。

自分流塾「人はくらべるから、苦しくなるのに、あゝ、人間はつい、やっちまうんだな」



なぜ、このようなことを書いているのか、というと、ぼくはすぐに人と自分を比較し、悔しい、と思う人間だからである。
これも、人間の真理だから、なおそうと思ってなかなかなおるものでもない。
だからぼくはせめて、「人は人、ぼくはぼく」と呟き、「でも、ぼくも頑張る」とそのあとに、つけ足すようにしている。
「あんなやつ、なんであんなに評価されるんだ」
という考えはさもしい。
「たぶん、あいつは、知らないところであいつなりに頑張ったんだろう。悔しいけれど、そうだ」
誰かの成功は、誰かがそれだけ、逆を言えば自分よりもうんと努力をした結果なのだから、自分はそれ以上に頑張ればいいのだ、と思うようにしている。
このように思いながら、同時に、「人は人、ぼくはぼくだから、ぼくらしいやり方で、焦らず進んでいけばいいのだ」
とぼくはぼくに、いつも、言い聞かせているのである。
それが人間というもので、そのエネルギを負から正にかえてあげればいいのだ。
自分の中にある「対抗心」の目を摘む必要はない。いいエネルギーに換えて、自分の精進のガソリンにしたらいい。
負のエネルギーは捨てて、正しいエネルギーを取り戻す、ということに尽きる。
「人は人だから、自分も同じようにやる必要はない。ぼくはぼくらしく、周りを気にせず、着々をやればいい」ということである。

自分流塾「人はくらべるから、苦しくなるのに、あゝ、人間はつい、やっちまうんだな」

自分流×帝京大学



posted by 辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。