THE INTERVIEWS
ザ・インタビュー「日々を丁寧に生きるための短歌教室①」 Posted on 2020/11/15 辻 仁成 作家 パリ
辻 実は、ぼく、短歌の本を一冊丸ごと読んだのは初めてなんです。函館に住んでいたことがあるので石川啄木の短歌は暗唱できるくらいなのですが、正岡子規にしても、与謝野晶子にしても、名前は知っていても学校で習ったくらいで、短歌だけずっと素通りをしていたという。
なぜなのかわからないけど。詩を書いていたので詩から入ってそのまま小説に行ってしまったので、短歌、俳句とは違う流れの道を歩んでしまった人生でした。
それで、今回初めて俵さんの「未来のサイズ」という本を一冊完読して、衝撃的な面白さでした。
俳句はなんとなく想像ができたのだけど、短歌って考えてみたらよく知らなかった。季語ないじゃんこれ、って(笑)。そこからでした。
何が衝撃だったかというと、あとがきの冒頭にある、「短歌は日々の心の揺れから生まれる。どんなに小さくてもあっと心が揺れた時、立ち止まって味わい直すその時間はとても豊かだ。歌を読むとは日常を丁寧に生きることなのだと感じる」という、この文章なんですが、これは僕が俵さんの本を読みながらずっと考えていたことだったんです。
日常の中にある小さな風景を五、七、五、七、七の三十一文字が想像させる。
小説だってそういう技法を本来持たなきゃいけないのに、忘れている。
もちろん、小説でもそういう技法を使うこともありますが、短歌はそれを凝縮してるという面白さ。
俵さんの短歌って生活の中にある風景から連想される気づき、ふふふって思わせるものや、怒りや、切なさや、そういうものの呼吸をする様に生まれてくる泡の様な感情というか。
日々の心の揺れ、それが描かれていて、慌ててサラダ記念日も読み直してみました。
すでに、対談が始まっていますが、ということで、今日のザ・インタビュー。歌人、俵 万智に迫ります。
ザ・インタビュー「日々を丁寧に生きるための短歌教室①」
辻 僕は函館にいたので石川啄木が好きでしたが、俵さんが好きな歌人は?
俵 啄木とも仲の良かった若山牧水は大好きですね。
「白鳥は哀しからずや空のあを海の青にも染まずただよふ」
若山牧水は旅の歌人、酒の歌人のイメージがありますが、恋の歌人でもありました。大失恋して、お酒でカラダ壊した人ですけれども。彼は生涯にたった1人好きな人がいて、最終的にその人の面影を引きずって飲みすぎて亡くなったっていう、ざっくり言うとそういう人生です。
辻 啄木にちょっと似てますよね。
俵 あまり知られてませんが、啄木が亡くなった時、家族以外にその場にいたのは牧水だけだったんです。それくらい親しい仲でした。
辻 僕は函館で思春期を過ごしたので、石川啄木から受けた影響は割とあって、啄木は函館に4ヶ月しかいなかったのに、函館の良いところをいっぱい歌っている。僕もそういう風に函館を書きたかったんです。
俵 啄木は本当は小説を書きたかったんですよ。小説をなんとか書きたいと思っていたけれど、うまくいかず、短歌のことはまあまあ軽んじてるっていうか、肩の力が抜けていたとも言えます。今日も屁なぶってやったって感じ。それであんないい歌ができたんですから、皮肉なものですね。
辻 啄木の「一握の砂」とか、指の中からこぼれ落ちていく人こそが自分にとって大切な人なんだよっていうくだり、心を揺さぶられますね。彼の歌には映像や宇宙が見える。俵さんの歌は愛するものへと向かう歌がすごい。ということで、まずは俵さんに短歌を解説してもらいたいです。DSの読者の皆さんにに短歌というものに興味を持ってもらいたいから、…。
俵 自分にとっての短歌というと、リードで引用してくださったあとがきの冒頭に尽きる気がするんですけど、短歌を作っていなかったら、「あっ」と思っても思いっぱなしで通り過ぎちゃうんですね。だけど、歌を作っている自分だから、そこで立ち止まって”心を点検し直す”というか、味わいなおすというか。そういう時間が生まれること自体が私は短歌を作っていて一番嬉しいこと、良いことだと思っています。
辻 短歌は、「歌(うた)」というんですね。
俵 短歌か歌ですね。俳句の場合は句って言ったりしますが、歌(うた)の場合は「首(しゅ)」とは言わない。一首、二首と数えるんですけど。
辻 ぼくももう一つの歌を歌う人間ですけど、この歌とその歌の違いはなんなんですかね。
俵 えっと、短歌は言葉100%でできているということ。辻さんの歌われる歌は歌詞があって、メロディがあって、それを肉声に載せて、あるいは楽器がついたり、割と総合的な面があると思うのですけれども。
辻 日々の心の揺れというのがすごく似てますね。ロックだったりフォークソングだったり、心の揺れから生じて歌になるので、3分半という短さの中に。ぼくは音楽を始めた時にすごくいいなと思ったのは、3分半で全部表現できることに気がついたからなんです。でも、もっと短くてさらに深い世界があった(笑)。
俵 そうです。これから出会って欲しいという目論見もありますが、短いって窮屈でデメリットに思われるかもしれないけれど、丸ごと人の心に住み着けるというのはメリットですよね。
辻 三十一文字なのに、すごい宇宙があって、さりげない言葉、短い日常の一断片を描いているのに、まるで小説を読んでるみたいな…。三十一文字から世界が広がる、かっこいいなぁ。
俵 それはとても嬉しい読者ですね。短いから何もかも言えない分、読み手に委ねてる。読み手がこう、言葉に表現されなかった分を、想像して完成させてくれるっていう。そういうところはあります。辻さんみたいに、小説を書かれる方は、一首の、その短歌の背景にあるものを一編の小説分ぐらい想像してもらえるんだろうなと思います。
辻 俵さんの新刊「未来のサイズ」の中から具体的な例を出させてください。
「ほめ言葉たくさん持っている人と素顔で並ぶ朝のベランダ」
これ読んだだけで、そっか、この人が男なのか女なのかもわからないけど、素顔でベランダに朝、並んじゃったんだ。前の夜のこととか、これからどんな会話が始まるのか、ここがどんな場所なのかもわからないけど、そこまでくる道のりとか、全部想像しては、なぜでしょうね、一人、クスクスって笑っちゃう。
俵 まさに、それは歌として幸せな道のりですね。どこで誰がどうしたとか、ここがどこのベランダだとか、どういう経緯でここに2人がいるのか、そういう背景は書ききれないわけですけど、その分、読む人が楽しんでもらえたらいいですね。
辻 小説って、そのディテールをすごく細かく、これでもか、これでもかって書く場合があるんですけど、短歌って全くそれがない。全てを読者に委ねる潔さがすごいなぁ。
俵 読者の数だけ歌の風景があると思うと、それを発信した方としてはワクワクしますね。
辻 「子らは今その挨拶の意味を知る命「いただきます」ということ」
この歌が一番好きなんですけど、そうだよねっていう気づきもある。この五、七、五、七、七の中に詰まっていることをどれだけ読者が掬い取れるかっていうのは、その人が生きた人生によって掬い方が違うと思うんですけど、そういうのも、つまり哲学を、考えたりするのですか?
俵 それこそが読者の領域ですね。作る側としても五、七、五、七、七という分量は一緒なんだけれど、やっぱりそこにたどり着くまでにどれだけ自分が深く思ったり、感じたり、体験したかっていうことで出来栄えは変わってきますね、確実に。
辻 「長椅子に寝て新聞を読みおれば父が私を「母さん」と呼ぶ」
これも素晴らしい。
俵 選択、渋いですね(笑)。
辻 これは、ボケてはいないまでも勘違いしたのか、記憶が交錯したのか、それともふと間違えたのか、わざとやったのか、いろんな解釈が出てくると思いますが、ぼくが父親だからかも知れないけど、切ない感じがするんですよね。ここに辿り着くまでの人生の長さを感じます。ところで、新刊「未来のサイズ」の表紙にいっぱい歌が載ってるんですけど、この中にある歌よりも、ぼくが選んだ歌の方が好きなんです。なんで選ばれなかったんだろうってずっと読んでて不思議だった。これは編集者が選んだのですか?
俵 そうですか。けっこう意見が分かれるんです。編集者と装丁の菊地さんがイニシアチブをとって、私も意見を言ったりしました。
辻 「誰だって何かで死ぬと思えども死よりも病を恐れる心」
「プレミアムモルツ飲みたくなるような病名を聞く初夏の病院」
こういう、なんか日常の物語が見えるものがぼくは好きですね。言葉遊びとか分かりやすさっていうところはぼくは求めてなくて、やっぱり裏側にある深さで物語が見えるというか、イメージを喚起させるもの、俵さんってずるいぐらい上手いなって(笑)。
「昼食のカレーうどんをすすりつつ「晩メシ何?」と聞く高校生」
これはうちと一緒(笑)。子供のこととか、家族のことが多いですよね。やっぱり。サラダ記念日はまだ20代のお子さんを持ってない頃の、恋の話みたいなのが多くて、「君」が多いんですよね。
俵 恋愛にしか興味なかった頃ですね(笑)。
辻 そうそう、当時は恋愛の話ばかりだったのが「未来のサイズ」になるとお子さんとか、今のずいぶん大人になってしまった俵さんの世界が広がっている。大体ぼくたちは同世代だと思いますが、お互いシングルで。子供を育てる大変さとか、たびたび引っ越しもあって、とか、共感できるところが多い。家族をテーマにする事は俵さんの歌にとって重要な事なのですか?
俵 重要というか、一番身近で面白い存在が息子なので、そうですね。息子を通して社会を見るようになったし。
辻 ぼくは「サラダ記念日」より、断然「未来のサイズ」に共感を持てました。
俵 辻さんだって20代の頃は恋愛だったでしょう(笑)?
辻 (笑)。もう、20代の頃なんて恥ずかしくてしょうがない。サラダ記念日で好きな歌は「「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ」とかね。二つ比べるとサラダ記念日の方は硬いんですね。それでも昔はライト短歌と言われていたんですね。ところが、「未来のサイズ」になるといっそう、堅苦しい感じがない。でも、ちゃんと五、七、五、七、七になってる。そのはみ出さないのにはみ出してる感じ半端ない。
俵 五、七、五、七、七というか、三十一文字に収まっていれば短歌なので、あとは自由ですね。
辻 「いきいきと息子は短歌詠んでおりたとえおかんが俵万智でも」
これも笑えました。
俵 辻さんの息子さんが音楽をしているのもそうですけど、親がしてることって昔だったら反発してしなかったりしたけれど、意外とそうでもないので。
辻 でも、うちの子供はすごい反発しているかな。彼の音楽は全て独学なんですよ。ライバル意識も強くて。ぼくに対して、もろに、時代が古すぎるとか、音の幅が狭すぎるとか、ロックはやはり所詮ロックだ、みたいなことを言いやがる(笑)。親に負けたくないというのがすごい強くて、困っています。
俵 父と息子というのはちょっと違うのかもしれないですね。うちは照れもせずに短歌作ったりしてますね(笑)。
辻 新刊「未来のサイズ」に込めているものは何なんでしょう。「制服は未来のサイズ入学のどの子もどの子も未来着ている」という歌だけ、僕は俵さんぽくない歌だなと思ったんですよね。どうしてでしょう?
俵 あ、そうですか? 私はこの歌を気に入っているのですが、入学式の日ってみんなぶっかぶかの制服を着てるじゃないですか。でも、必ずそういう大きさになるって事でこの子たちは未来のサイズの制服を今着てるんだって思ったら、みんなが未来を着用して入学式に望んでる感じがして。そのことと、タイトルにしたのはこれからの子供たちにとっての日本とか社会とか、地球っていうのがゆったりした、豊かなサイズであって欲しいなと思ったんですよね。未来が窮屈なものじゃないサイズだといいなと思いましたね。
辻 ぼくがどうしてこの作品が俵さんぽくないと思ったかというと、他の作品はみんな日常を手にとるような近さで見つめているの対し、ここに出てくる「制服」っていう言葉がある種、国とか、規定とかを描いているのと同時に、未来っていうのが子供たちが描かなければならない規定の中から超えなければならないものなのに、しかもその後にサイズと出ていることもあり、政治的なメッセージを受けたからです。拡大解釈をすると、国があって、子供たちがいろんな法律の中で生きなきゃいけない、耐えなきゃいけないこととか、やらなきゃいけないこととか、地球の温暖化とか、いろんな問題がその子供たちに託されてる未来なんで、子供たちが考えてる未来と国が考えてる未来は違う。決められた枠組みに対して問いかけてる歌だなと思ったんです。違いますか?
俵 いや、正解や不正解はないんですが、辻さんがパリで過ごした時間が長いからかなとちょっと思いました。制服という言葉に対して、そういう画一的な押しつけというイメージを持つってすごくヨーロッパ的だなと思いました。ヨーロッパの人は驚きますからね、みんな同じ服着て学校行くんだよって言うと。
辻 確かに、ヨーロッパは制服ないですからね。もしかしたら、深読みしすぎちゃったのかな? そこがぼくのいけないところ。ぼくも制服着てましたからわかるはずなんですけど、鋳型に関して社会図を歌ってる歌だと勘違いしてしまった。なので、珍しく社会性のある歌だなと思ったんです。でも俵さん、社会性を歌ってる歌多いですよね。
俵 今回は特に多くなりましたね。多くせざるを得ない世の中というか。
辻 そうですね。生きにくいこのような時代だからこそ、短歌が人々の本当の気持ちを表す素晴らしい表現の道具になっている気がして、なんでぼくは今まで短歌をやらなかったのか、と後悔してしまいました。
俵 今からでも遅くありません。
辻 じゃあ、12月13日の「地球カレッジ」では俵さんの短歌教室をやっていただけないでしょうか?
俵 あ、いいですね。教室を開きましょう。
(続きは、第二回インタビューへ)
*お知らせ*
ということで、歌人俵万智を迎えて、10月24日に「日々を丁寧に生きるための短歌教室2」を開催することが決定しています。ぼくもそこで生徒の一人となります。皆さんにも短歌を作っていただき、人生を豊かに生き抜く教室を目指したいと思います。どしどし、ご参加ください。
2021年10月24日(日)の地球カレッジは、俵万智さんをお招きします。
「日々を丁寧に生きるための短歌教室2」
参加されたいみなさまはこちらから、どうぞ。
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短歌を通して、日々を丁寧に生きるコツを見つけてみましょう!!!
今回の配信方法は、ZOOMになります。
posted by 辻 仁成