THE INTERVIEWS
エッフェル塔を光りの芸術塔に、AKARI・L I S A・ISHIIの挑戦 Posted on 2018/09/16 辻 仁成 作家 パリ
ジャポニスム2018に沸くパリで、本誌でもおなじみ、日本を代表するライトデザイナーのAKARI・LISA・ISHII氏が9月13、 14日の2晩、母親で同じくライトデザイナーの第一人者TOMOKO・ISHII氏とタッグを組んで、あのエッフェル塔を光りの芸術塔へと変えてしまい、パリジャン、パリジェンヌを熱狂させた。私もセーヌを挟んだ右岸側トロカデロからこの素晴らしい光の祭典を鑑賞した。興奮冷めやらぬ勢いでその夜、AKARI氏を直撃、大成功をおさめた光りのスペクタクルについて語ってもらった。
辻仁成(以下、「辻」) ぼくはトロカデロにいました。そこにいた大勢のパリジャン、パリジェンヌ、そして世界中の観光客が大声援をおくっていたのです。あまりに大がかりでダイナミックでそしてまさに世界最高のスペクタクルショーでした。お恥ずかしい話、見上げながら涙が込み上げてきたほどです。知り合いということもありますが、あまりに誇らしくて、そしてその内容が実に素晴らしい第一級の芸術作品だったことに言葉では表わしきれない興奮を覚えました。たいへん、ご苦労があっただろうとは思いますが、どのくらい前から計画されていたのでしょうか?
AKARI・LISA・ISHII(以下、「AKARI」敬称略) 今回のエッフェル塔特別ライトアップはジャポニズムのハイライトイベントとして1年半前から計画準備してきたものです。一般の方に広くそして無料で日本の文化に触れていただくきっかけを作れればと思い、パリで最も有名で目立つモニュメントに日本の美を表現することにしました。
辻 セーヌ川を挟んだトロカデロ広場から観ていましたが、音楽も素晴らしかったですし、和の旋律がちゃんと届いていました。まさに、陽の出る国、日本を表しておられましたね。赤い太陽がエッフェル塔の下からせりあがって来て、エッフェル塔が一瞬、日の丸になった。何か、能とか歌舞伎とかを観ているようなそういう美観だったと思いますが・・・。
AKARI 今回のイベントでは、ただ美しくライトアップするだけではなく、光でメッセージを発信しようという意思があり、母と私で1年以上かけてブレインストーミングした結果、3つの大きなテーマを掲げました。日仏両国の共通点であり、共通の目標である「自由・美・多様性」です。フランス革命のスローガンへのオマージュでもあります。パフォーマンス本編はこの3部構成になっており、それぞれにあったオリジナル音楽をつけました。音と光の相乗効果は、結構成功していたのではないかと思います。で、そのテーマの光の表現の一部に日本の国宝級の美術品をビデオアートに仕立てた作品を、塔の下半分にプロジェクションで写し、上半分はそれにあった日本らしい色合いの光で染め上げました。まさに鉄の貴婦人とも呼ばれるエッフェル塔に光で衣をまとわせるようなイメージです。
辻 13日は皇太子殿下が点灯式にご臨席くださり、点灯ボタンを押されたと聞きましたが
AKARI ええ。無事予定通り点灯でき、最初の10分間のショーが終わると拍手が湧いたのを聞いて、とても安堵しました。一通り10分間のショーをご覧になった殿下は、わざわざ演台からおおりになり、私たちのところへ歩み寄られ、お褒めのお言葉をいただきました。予定にない行動でしたので驚きましたが、光栄なことでした。式典の後トロカデロやエッフェル塔の前などにたくさんの人が集まり、写真を撮るなど楽しんで頂いたのを見ました。また道行く人から呼び止められて「素晴らしい」などと褒めていただいたりもして、とてもうれしかったです
辻 褒めるというレベルじゃないですよ。光の芸術です。これまでデザインストーリーズに何度も執筆してくださっていますし、ぼくも一度リオンの光の祭典に参加させていただきましたが、とにかくスケールも内容も破格の出来栄えでしたね。オペラを鑑賞しているような、オルセー美術館で有名な絵画と対峙しているような、ドキドキの連続でした。
AKARI ありがとうございます。オペラと絵画の比喩はさすがですね。何しろ、照明のこうしたパローマンスを作る時には、まず映画の絵コンテのような各シーンの絵コンテのようなものを作り、それをまず現場で一つずつ作り込みます。例えば日が昇るシーンなら、全体を白く染めるための機材を選び、白の色を選び、明るさを設定し、次に赤でも同じことをして、それから赤い部分がどのくらいの速さで登っていくかを設定します。ここまでを、私たちの間では「タブロー(絵画)づくり」と呼びます。まさに光で一つの絵の構図を作り、色を塗り、完成させる作業をしているのです。オペラでも一つ一つのシーンのことは「タブロー」というんですよ。そして、それが終わると、各シーンをつなぎ合わせる作業に入ります。映像の編集と同じようにフェードアウト、スライドインなどの表現をよく使います。音楽と同じように強弱やスピード、全体の中での盛り上がり方などを考えながら作っています。まさにシーンを音楽に合わせていって、全体のオペラが構成されていくのと同じような感覚なのです。
辻 この一年半、構想から製作の過程で、我々には想像もつかないようないろいろな大変があったことと思います。どのようなところに一番苦心されましたか?
AKARI 今回難しかったのは、やはりエッフェル塔の規模、スカスカのストラクチャー、そして茶色に塗られた構造物に、いかにきれいな色や映像を映し出されるかと言う点でした。最初はプロジェクションをすると言ってもパリ市やエッフェル塔運営会社が絶対無理だと言い張り、許可も下りもない始末でした。しかしこちら側で実験やこれまでの経験から様々なノーハウを駆使して3月に仮点灯をしたところ、非常に結果が良く無事に許可にこぎつけました。
辻 素晴らしい情熱ですね。それがないとあれほどの芸術は生まれない
AKARI 茶色い色に合わない光の色を吟味してそれらを避けたり、映像はゆっくりスクロールすることで視認性を高める等の工夫をたくさん盛り込んでいます。また「燕子花図屏風」を写したシーンで、塔の上半分を染めている金色の光は、通常の照明器具では非常に作りにくい特殊な色なので、日本の会社に今回特別にLEDのチップから開発をしていただき、実現した最新技術です。
辻 あ、リヨンの時に少し観させていただいたあのLEDでしょうか?
AKARI リヨンで見ていただいたのは青色LEDでしたね。理論上は光の三原色である赤青緑を混ぜるとどんな色でも作り出せることになっているのですが、LEDの特性上、綺麗な黄色を作ることが苦手で、ましてや黄金色はできないのです。そこでないなら作ろう、ということになったわけです。世界初めてのゴールドLEDです。これも何度も試作を重ねて、実験を経て、最終形になったのですが、正直最後までエッフェル塔のような巨大な建造物を美しい金色でそれも輝くように明るく照らせるかどうか、些か心配ではありました。
辻 お疲れのところおしかけインタビューにお付き合いくださりありがとうございました。でも、トロカデロは喝采に溢れていましたよ。点灯式、参列したかったです。
AKARI 点灯式はいつもハラハラします。機械を使っていますので、ある程度の確率で必ず絶対うまくいくとは限らないからです。まず点灯したときにはホッと、そして最初の拍手がわき上がったときには、思い描いていたイメージがエッフェル塔に展開したことの達成感、そして器具の開発や許可、現場での徹夜続きの作業等を一緒に続けてくれたスタッフや関係者に感謝の気持ちでいっぱいでした。
辻 興奮さめやらぬ今のご心境をください。
AKARI 今回のイベントでは先ほどもご紹介したように日本らしさだけではなく3つのテーマを柱にしました。美しくライトアップするだけではなく、光にメッセージを込め、日仏のこれまでの歩みや両国が共通して大切にしているディシプリンなどを表現しようと思ったのです。光のメッセージ性と言う強いパワーをいつも信じています。見る方が少しでも楽しんで感動していただき、さらに日本を知るきっかけになってくれれば本望です。
辻 ありがとうございます。一年半、ご苦労様でした。エッフェル塔を日本の美意識の色彩に染め抜いたその素晴らしい感性に脱帽いたしました。読者の皆様に、ぜひ、過去の記事を全て読んでもらえたらと思います。そこにパリで活躍するAKARI・LISA・ISHIIのすべてが描かれているのですから。
AKARI ありがとうございます。辻さんに褒めていただいて嬉しいです。やはり色彩の繊細さを褒めていただくコメントを他の方からも多くいただき、光という絵の具で黒いキャンバスに絵を描く照明デザインの技を認められたようで、感無量です。今までのエッフェル塔のイベント照明の中で一番綺麗だったとまでおっしゃる方もあり、とりあえずは肩の荷がおりました。でも、もしもう一回エッフェル塔のライトアップができるのなら、もっと改良してよくしたいと思う部分は多々ありますが・・・。
辻 また、建築家の坂茂さんと三人でランチでもしましょうね。ありがとうございました。
AKARI ええ、ぜひ! 辻さんこそお忙しいのに、わざわざ足を運んで見に来てくださって、どうもありがとうございました。
posted by 辻 仁成