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「ミチコロンドンする?」コンビニで大ヒットのコンドームを考案した世界のコシノ ミチコ Posted on 2017/04/25 辻 仁成 作家 パリ

ひところ、「ミチコロンドンする?」という隠語が六本木界隈で流行した。
男の子が女の子に、女の子が男の子に、周囲を気にせずに「セックスしよう」と伝えるための秘密の言葉であった。
今でも、コンビニで売られているコシノミチコ発案のコンドーム”MICHIKO LONDON“の人気は凄い。永遠不滅のベストセラー商品である。なんといってもユニオンジャックがデザインされた箱が可愛い。
エイズで亡くなった友人を思って考案したのだそうだ。恥ずかしがらずに誰もがコンドームを堂々と買えるような日本になってほしい、という願い。デザインの力でエイズを防ぎたい、と彼女は思った。
この発想自体がコシノミチコのすごさである。

コシノヒロコ、コシノジュンコ、コシノミチコ。ドラマ「カーネーション」のモデルにもなった世界的に有名なデザイナー3姉妹の末っ子。70代という年齢を感じさせない、超エネルギッシュな風貌。

私はウエストロンドンにある彼女の工房を訪ねた。1階が寿司屋カフェ、2階が工房であった。
そして、コシノミチコはめっちゃくちゃ素敵な笑顔のかわいい人であった。
 

「ミチコロンドンする?」コンビニで大ヒットのコンドームを考案した世界のコシノ ミチコ

 
 ロンドンには、1973年からですね? ずいぶん長い英国生活ですね。

コシノミチコさん(以下、敬称略) 73年の11月の終わりに来ました。冬だったので午後3時半には暗くなってくるし、それに加えてのオイルショック。街が真っ暗でびっくりしました(笑)。本屋さんでさえロウソクの灯で照らしているくらいだった。

 どうして、ロンドンを選ばれたの? だって、普通、ファッションといえばパリじゃないですか? 

コシノ 非常に個人的な理由なんですけど、20代後半になったし、いい加減に自分の世界をしっかり掴まないと姉2人(ファッションデザイナー、コシノヒロコさんとコシノジュンコさん)のお手伝いで一生終わるんじゃないか、と頭をよぎって、どこかに行かなくっちゃ! と思った(笑)。でも、パリやニューヨークには姉たちの知り合いがたくさんいるし、そうすると、私がそこへ行って失敗してホームレスにでもなっていたら姉たちに迷惑がかかるかなと思ってね。姉たちの絶対に手の届かないところっていうので、ロンドンしか選択肢はなかったんです。

 しかし、どちらかというとモードやファッションから遠いイメージがありますけど。

コシノ はい、何もなかったです。本来、ファッションならイタリアに行くのが一番ですよね。私はイギリスでの経験が長くなりましたけど、ここは文化をリードする場所ではあるけど、ファッションをリードする場所ではないんです。ファッションデザイナーがここで生きていくなんてインポッシブルに近い。だから、私はロンドンに渡ってから5年くらいは猛烈に働きました。朝8時から夜中の2時頃まで毎日働いた。というのは、工場のクオリティーが酷すぎて自分で生地をカットして、ホームワーカーに持ち込んで……、という風に全部自分でやっていかないといけなかった。
 

「ミチコロンドンする?」コンビニで大ヒットのコンドームを考案した世界のコシノ ミチコ

 
 有名なコシノ三姉妹の上の二人のお姉さんやお姉さんの関係者を逃れてロンドンにたどり着いた。それからのストーリーをお聞かせくれますか?

コシノ ロンドンに来てからずっとウエストロンドンにいるんですけど、一番初めはハローロードという場所で、ドライクリーニング店の上の、床が抜けそうな工房でした。

 ヴィヴィアン・ウエストウッドもウエストロンドンですよね? キングス・ロードだったかな。僕は若い頃、イギリス音楽に強い影響を受けたので、イギリスのファッションデザイナーというとロックと無縁じゃない印象がある。実は英国のロックファッションは好きだったけど、いわゆる世界のファッションの主流ではなかったですよね。

コシノ ないですよ。ずっと今でも主流じゃないんです。ファッションのメッカはやはりパリとかミラノ。

 イギリスはプレゼンテーションの場で、売るのはパリや世界で売ればいいと仰っていましたが、イギリスはファッションの中心地ではないにしても、独特のものがあると思うんです。僕にとってイギリスのファッションはパンクとかロックとか、そういう印象が強い。

コシノ 結局、私のファッションは全然違うものだから。イギリスに渡ってきた人と話すとね、音楽がひとつの理由なことが多いですよね。私も音楽が大好きだった。スレイドが好きだったの。

 マジですか? 僕もスレイドの大ファンでした。最初から高いキーでね。

コシノ 最初から大ノリでしょ、だからすっきゃねん! 80年代はクラブミュージックがすごかった。当時はスマホもないし、あの時のみんなの動き、世の中の動きっていうのは本当に参加しないとわからないものだった。ロンドンのクラブシーンはすごかったです。私はそのど真ん中にいた。

 そうだ、あれ、ほら、コシノミチコと言えば、あの空気入れる服!!!

コシノ インフレータブル・ジャケット。あれを着てクラブに行くと、列の後ろの方で並んでいても門番の人が呼んでくれるの。すぐにクラブに入れてもらえるのよ。
 

「ミチコロンドンする?」コンビニで大ヒットのコンドームを考案した世界のコシノ ミチコ

MICHIKO LONDON KOSHINO

 
 今でも、あれを着て、パリのクラブとかいったら盛り上がりそうですよね。

コシノ 30年前に作ったんですけど、生地というかナイロンが弱いというのもあって、しぼんできたりするんですよ。だからテープとか貼ったりしてたんだけど。最近はナイロンもすごく良くなったので、また作り始めたんです。今はクラブというよりは、珍しいからね。私は空気を入れずにインフレータブルのスカートはいたりしていますけど、それをはいて地下鉄に乗ったりするとみんなが一斉に空気入れのところを注目する(笑)。

 僕はミチコさんってロンドンの真ん中にどーんってお店とか構えているのかなと思ってたんですよ。そしたらウエストロンドンという、ちょっとはずれの、長閑でいろんな民族が暮らす、どっちかというと庶民的な場所だったので、ちょっと驚きました。でも、めちゃかっこいいところですね。普通がかっこいい土地。

コシノ ハローロードの後はシェパーズ・ブッシュに移って、その後、ロンドン中心部のゴズウェルという場所に移りました。そこが3年契約だったんです。それで、3年経った時に ”コンジェスチョン・チャージ” っていう、車でロンドンの中心に入るためにお金を払わないといけないという制度ができることになって。そのタイミングでここを見つけました。その頃、この辺りってすっごくダサかったの。このスタジオの前は何度も通っていたんだけど、ある日「レンタル」っていう看板が出ているかっこいい場所をみつけて。聞いてみたら、買う気ある? と聞かれて。そのつもりで探してると答えたら、この前のブロックが全部あいてるよって言われて。私は生地の色を見たりするのに窓が必須だから、角の場所をお願いします、とだけ伝えて何も見ずに買ったの(笑)。スタジオを引っ越すたびにいろんなものを失うからね。コレクションのサンプルとか。裏には駐車場もあるし、そろそろ落ち着きたいなと思っていた時だった。2001年でした。

 この工房もすっごく落ち着きますね。1階が寿司屋さんとカフェで、階段を上がると天井の高い工房になっている。働いているイギリス人も穏やかでセンスがいい。何か、独特の空気が流れていて、気持ちがいい。

コシノ コマ劇場っていうんです、ここ。オフィスからお好み焼き屋に早変わりするの(笑)。
(中央にどんと置かれた作業台の上になぜか焼き肉屋などでよく見かける集煙装置がついている。作業台の天板を外すとなんと巨大な鉄板が顔を出す。作業のない日はこの鉄板作業台でお好み焼きパーティをやるのが彼女の大いなる息抜きとなっているのだとか……)
 

「ミチコロンドンする?」コンビニで大ヒットのコンドームを考案した世界のコシノ ミチコ

 
 新宿コマ? もうないですけどね。古い(笑)。下の寿司レストラン「MICHIKO SUSHINO」も経営されているんだとか、恐れ入りました。でも、なんか疑って食べたんだけど、ちゃんと寿司だった。しかも、英国風っていうのか、オシャレなよそでは絶対食べることのできないお寿司でした。日本のいいところと、ファッショナブルなものが融合した、ある意味、今まで食べたことがない味で(笑)。

コシノ 最初は1階部分はブティックとショールームにしてたんですけど、こんな誰も通らないところで服屋も無いよねー、という話になって、お向かいのコーヒーショップに貸し始めたんです。そうしたら、コーヒーを買いに並んでる人たちが私に向かって「僕らはお米が食べたい」って言うんですよね。それで、「それは私に寿司屋をやってくれってこと?」と返したら、ピンポーン! って(笑)。考えてみようと思って行きつけのお店で相談したら、2日後にはお寿司のフランチャイズのオーガナイザーが話をしにくるという話に発展して。たんたんと決まったんです。

 しかし、ファッション界の大御所コシノミチコがアトリエの下で寿司屋やってること自体、めちゃおかしいし、ある意味、ファッショナブルじゃないですか?(笑)

コシノ 私もおかしいと思ったんだけど、下に服を置いても売れないし、近所の人から日本人だったらぜひここでお寿司屋してって言われるし。お寿司で儲けて中心地でブティック開いたらいいんじゃない? とか言われてるの。

 で、お寿司屋さんの反響は? 楽しいですか? 寿司屋のオーナー?

コシノ 楽しいです。店名の「MICHIKO SUSHINO」っていうのはね、まず名前を決めないとお店の登録ができないって会社の人から急かされて、MICHIKO KOSHINOだから「MICHIKO SUSHINO」にしよっか、ということになった(笑)。フランチャイズの会社に加盟している感じで、職人さんはみんな派遣されてくるんです。日本の会社ではないけれど、現在は職人さんに日本人もいます。やっぱり日本人なのでお米にはこだわってます。オリジナルのお寿司もあって、美味しいんですよ。
 

「ミチコロンドンする?」コンビニで大ヒットのコンドームを考案した世界のコシノ ミチコ

 
 この辺の人にも喜ばれているわけですね。このお寿司屋稼業はMICHIKO LONDONの作品作りに何か影響及ぼしてますか(笑)?

コシノ 私はたんたんと同じことをしているだけです(笑)。

 ミチコさんはコシノ3姉妹の中でも独歩の人というイメージがあります。おかしな言い方ですけど、ファッション業界にいながら、しかし、そのファッションに流されず、MICHIKO LONDONを頑なに守り続けてきた。マイウエイの人だ。だから英国にやって来たのかもしれないですね。

コシノ そういう風に見てくださったら嬉しいです。

 僕、ミチコさんのイメージって、どこかアヴァンギャルド。ポップなアバンギャルド。だからかな、コンドームを作られたというのも自然な気がする。MICHIKO LONDONっていうとコンドームのイメージ強いですね。いまだに。イギリスのユニオンジャックがついた箱をコンビニでもよく見かけていた。ファッションデザイナーとして、コンドームを手掛けたパイオニアじゃないですか? しかし、なんでコンドーム?

コシノ あなた、コンドームだって着るものだからよ。

 え? あああ、そうだ!(笑)着てる着てる。

コシノ ニューヨークにインフレータブルを持ってエクスポジションをしに行ったことがあって、その時ちょうどエイズキャンペーンをしていたんです。でも同じ頃、日本ではコンドームってタブーに扱われてて。日本もコンビニや駅で簡単に買えるとか、恥ずかしくないことだって言える世の中にしなきゃいけないって思ったんです。そしたら、そのためには男性のデザイナーより、ミチコがプロデュースすればいいんじゃない? という話になって。

 あの箱、僕もコンビニで見たことあります。みんな一度は誰でも見てるって、すごいことですね。最初ビスケットか何かかな、と思った。今でも売ってますよね?
 

「ミチコロンドンする?」コンビニで大ヒットのコンドームを考案した世界のコシノ ミチコ

MICHIKO LONDON KOSHINO

 
コシノ ずっと売ってますよ。自分を病気から守るため、防御するためのものだからね、薬局で隠れて買うとかではなくて、自然に買えるものになって欲しかった。

 その発想がすごい。コンドーム、日本では恥ずかしいもののように扱われてる。

コシノ その日本の若者のイメージを変えないといけないと思ったんです。私はコンドームのパッケージとか、イメージをプロデュースしてるだけ。あとは、駅とか、ふと時間がある時に買えるようになったらいいなという想いを込めてる。デザインや商品は不二ラテックスさんです。不二ラテックスのコンドームは絶対に破れない! それでね、おもしろいのは、当時、「ミチコロンドンする?」って言葉が流行ったんだって(笑)。
 

「ミチコロンドンする?」コンビニで大ヒットのコンドームを考案した世界のコシノ ミチコ

 
 ミチコさんはとても幸せそうだし、ほんとに、超お若いですよね。どこか、ラッキーなもの、強い運気に味方されてる方なんじゃないかなと思います。じゃあ、日本と英国のMICHIKO LONDONの違いは?

コシノ ロンドンはデザインオフィスですね。私にとってロンドンは一番過ごしやすい。

 ウエストロンドンで発案されたものを日本で作っているのですか?

コシノ 元々イタリアで作っていたんですけど、日本はなんと言ってもデリバリーが早い。パーツも、どんなものでもすぐ届くんです。後はポルトガルの北にあるオポルトにコマーシャルの会社がいっぱいあるの。だからそっちにも頼むつもりです。

 このアトリエは明るくて本当にいい所ですね。パリは建物が高くて家の中は暗いことが多いんですけど、ここは建物が低いから窓から空がよく見える。木々も美しい。まるで映画のような世界ですね。そしてここに生きるコシノミチコさんは、まるで少女のようです。ずっとずっとこの世界が続くような気がします。

コシノ ここは空の面積が多いんですよ。私の故郷の岸和田も空の面積が多いの(笑)。

 ここにまた近いうちに遊びに来ますね。その時はここでお好み焼きパーティをやってください!


Photography by Takeshi Miyamoto

 

posted by 辻 仁成