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ジャポニスム2018 パリが巨大な日本文化博覧会場になる一年! Posted on 2018/05/17 Design Stories
「ジャポニスム2018」は2018年7月から2019年2月までパリ市全域及びフランス主要都市で行われる日本文化祭り。日仏修好通商条約(1858年)が結ばれて160周年にあたる節目の年に、国際交流基金・パリ日本文化会館はフランスにおける代表窓口となりこの大イベントを準備します。デザインストーリーズ編集部はさっそく、パリ日本文化会館の杉浦勉館長を直撃、「ジャポニスム2018」の見どころや面白さ、日仏文化交流の可能性についてお話をお聞きしました。
編集部 さっそくですが、館長! ジャポニスム2018の主たる目的は日本文化を発信していくということだと思うのですが、わかりやすくいえば、いったいどういった成果を一番期待されているのでしょうか?
杉浦 勉館長(以下、敬称略) 日仏の文化交流をいっそう深めていくこと、そして、日本の美意識、生活様式というものがこの混沌とした世界の中で何らかの役割を果たせるのではないか、という期待を持っております。
編集部 フランス人って、実は日本のことを世界で一番よく知っている方々ですよね? 日本は19世紀のパリ万博から大挙してフランスにおしかけておりましたし、日本文化贔屓のフランス人にいったいどういった切り口で新しく日本文化を伝えていこうとされているのでしょうか。
杉浦 まさに、だからこそ、日本贔屓のフランスでイベントを行うことにまず大きな意義があると思っています。フランスという国は世界に対して非常に影響力のある国ですから、フランスの方たちによりさらに日本文化を知ってもらうことが大切です。彼らは世界における日本の良きパートナーなのです。ですから我々は今までまだフランスで紹介されたことがないようなものを中心に、例えば、プチ・パレ美術館では「浮世絵」ではなく、フランスではじめての伊藤若冲の展覧会などに、今回は力を注いでいます。
編集部 なるほど。伊藤若冲の作品がまとまって見られるのはヨーロッパでははじめてのことではないでしょうか。それはすごい!
杉浦 アメリカではすでに展覧会が行われていますが、欧州では専門家以外、あまり知られておらず、そういった意味で、協力してくださる会場探しにも難航しました。美術館側にこの展覧会を開催して人が入るのか、という懸念があったりしたわけです。しかし、日本で行われた伊藤若冲展には44万人入り、3時間半待ちということもあったわけですから、我々には伊藤若冲がフランスでも受容されることに強い自信があります。こちらは宮内庁所有で非常に貴重な作品群ですので9月中旬から1ヶ月のみの展示となりますが、このような機会は滅多にないと思います。日本とフランスの関係者が一丸となって準備を進めています。そのあと、琳派の展覧会もあり、国宝の屏風、風神雷神図がきます。イダルゴ・パリ市長が日本を訪れた際に「是非パリに持って来たい」とおっしゃったのがきっかけでした。今年はちょうどパリ市と京都市が友好60周年の年に当たりますので、それもあって、京都の作品もたくさん来ます。
National Treasure, Wind and Thunder God, Tawaraya Sōtatsu, Kennin-ji, Kyoto
編集部 そうすると、伊藤若冲と琳派が展覧会の目玉なんですね、おお、興奮します。
杉浦 その他に、10月から12月まで縄文土器の展示もパリ日本文化会館で行われます。縄文展は1998年の文化会館開館当時に一度行ったことがあり、当時のシラク大統領がいらっしゃいました。シラク大統領からの質問は面白く、「稲作というのは弥生時代に始まったと聞いているが、縄文から始まったという説もありますね」など、きちんと新説をインプットされていて驚きました。
編集部 20年前、ここフランスでは大日本ブームで歴代の大統領も相当な日本贔屓でしたが、今は中国にちょっと押され気味というか……経済においても、正直、日本頑張れという時代だと思います。こういう時代だからこそ、改めて日本文化のすばらしさを世界に、という心意気が感じられるようにも思うのですが……。
杉浦 1982年に、ミッテラン大統領と鈴木善幸首相が話し合ってパリに日本文化会館を創設することになったのですが、その頃、日本とフランスは貿易摩擦で非常に大変な時でした。日本は経済だけではなく文化も豊かなんだということを伝えるために、この施設、日本文化会館が開設されました。そういう意味では、オープン当時は来館されるのは一部の層のみでしたが、今では若い人たちも増えました。これはセーラームーンの竹内直子さんを招いて講演会をした頃からなのですが、若い人たちの日本文化への関心が高まりました。そうこうしているうちに、ジャパンエキスポが始まり、マンガなど日本のポップカルチャーが広がってきました。この20年で裾野がすごく広がりましたね。
編集部 なるほど、パリ日本文化会館にも歴史あり、ですね。ところで、杉浦館長はずいぶん不思議な経歴をお持ちだと伺いました。民間企業からパリ日本文化会館に出向されたのでしたね?
杉浦 はい。自分でも想像していなかったことでした。民間企業(丸紅)からパリ日本文化会館に出向して、3年後に会社に戻り、退職まで働き、その後外務省に入りました。丸紅の美術コレクションのキュレーションをずっとやっていましたので、丸紅の創立150周年時には、丸紅コレクション展を東京と京都で行いました。
編集部 外務省にいらした頃はアフリカに赴任され、外務省を退任されてからは日本に戻って農業をされていたと聞いて驚きました。そして、またパリに戻ってこられた__。
杉浦 アフリカ滞在中に農業の重要性を認識しましたが、その頃日本で大震災があって、自分で食べるものは自分で作りたいと思ったのです。昔から自然や雲を見るのが好きで、季節と一緒に生活することに”生きている”という実感を覚えました。しかし、農業を始めて2回くらい収穫があったころ、ちょうど隣の農家の人に教わりながら畑で大根や白菜の種を植えていた時に電話を受け、パリ日本文化会館館長職の打診をいただきました。
編集部 畑はおひとりで、一から耕されたんですか? 初収穫の時はどういう気持ちでしたか?
杉浦 そうですね。一からやりました。お米は作れませんが、野菜類はほとんど作りましたね。人参、きゅうり、じゃがいも、さつまいも、ピーマン、いんげん、ピーナツ__。妻も花木が好きなので妻はバラを中心に作って。自分ではうまくできたと思って収穫した野菜を農家の人に見せたら「下手だよ」と言われたりして(笑)。でも、とても嬉しかったですね。自分でも育てれば実がなって食べることができるんだと思うと感動しました。例えば、ネギというのは感動的で、苗の時に土に埋めず溝に斜めにして置いておくと、だんだん立っていくんです。
編集部 その畑仕事で培われた感性というものが今、日本文化会館の館長をなされていることに、なんらか影響は及ぼされたのでしょうか?
杉浦 自然の近くにいるという感覚は心の落ち着きに繋がっています。農業を通して教わったことで私が一番感心したことは、「手を抜いたらダメ」だということでした。一つずつ、ものすごく几帳面に種を植えていくんです。私はほうれん草の種がとても小さかったのでばっと撒いてしまったのですが、すると「それじゃダメだよ」と叱られました。2、3粒ずつ等間隔に蒔かなくてはならない。”美しくないと農業はだめなんだ”と教わりました。それは様々な物事、日本の美意識にも通ずるのです。匠の世界もそうですし。”美しくないとだめ”というのが私が農業から得た哲学です。それは、キュレーションや文化会館の仕事にも関わってきていると思います。昨年、内藤レイさんの展覧会のカタログ挨拶に向けて詩のようなものを書いたのですが、その時の詩も畑仕事をしていた時の経験がキーになっています。
編集部 最後に、ジャポニスム2018についてもう一度ご紹介いただけますか?
杉浦 パリ日本文化会館ではジャポニスム2018のオープニングとして、1950〜60年代にフランスの芸術家にインスピレーションを与えた書家、井上有一展が7月に始まり、同時期に8区にあるサロモン・ロスチャイルド家の館にて日本の美意識展も始まります。こちらは「FUKAMI」というタイトルなのですが、縄文から現代アートまで網羅的に展示し、ゴーギャンやピカソとの対比などもしながら、色んな切り口から日本の美意識の多様性を見せていくという展覧会になります。
編集部 この2つの展覧会がジャポニスム2018の導入としての見所となるのですね。
杉浦 はい。それから、伊藤若冲展、琳派展、縄文展があり、ポンピドゥーセンターでは池田亮司展や安藤忠雄展もありますし、また、装飾美術館では工芸の展覧会もあります。当館でも来冬に没後50年を記念しての藤田嗣治展を開催します。ニューアートとしては、ラヴィレットではチームラボのニュメリック展覧会 「Au-delà des limites(境界のない世界)」やマンガ・アニメ展「Manga⇄Tokyo」もあり、パレ・ド・トーキョーでは子供時代展という誰もが子供時代に描く夢想的・仮想的な世界の展示もあります。その他、さまざまな角度からの日本の食文化や禅文化、地方文化の紹介、日本の7つの祭りの催しや、日本色に染まるエッフェル塔のライトアップもあります。そして何よりも圧巻は、ジャポニスム2018の期間を通じてずっと、ルーヴル美術館のピラミッドの中、外から見える場所に、名和晃平さんによるインスタレーション、高さ11メートルの巨大な金の玉座が展示されることでしょう。国宝や重要文化財を含め、これだけの数の作品が一堂に展示され、歌舞伎や文楽、能狂言、現代演劇などが、まとまって経験できる機会は今世紀再びあるかどうかわかりません。日本、東京にいても見られないようなものがパリに来れば見れます。パリという街が日本文化の博覧会場のようになるのです。こうしたチャンスは滅多にありませんので、フランスに住む方、ヨーロッパに住む方、世界中から見に来てもらえれば嬉しいと思っております。もちろん日本の方にとってもフランスを訪れる良い機会になると思います。
編集部 ありがとうございました。とても楽しみです。
井上有一≪貧≫1972年 京都国立近代美術館蔵 ©UNAC TOKYO
teamLab : Au-delà des limites(境界のない世界)
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