PANORAMA STORIES
ドイツの食卓から:シュパーゲル(白アスパラ)編 Posted on 2019/06/29 中村ゆかり クラシック音楽評論/音楽プロデューサー ドイツ、エッセン
2015年、ドイツの主要都市で行われた「ドイツ人が選ぶ好きな外国料理」のアンケートで、日本食が1位に選ばれたという。今、ドイツの食をめぐるシーンは、料理の多国籍化、オーガニックやベジタリアンといったヘルシー志向など、急速に変化しつつある。日本食と言っても、ドイツで味わえるのはもちろん極限られたものだけれど、日本食が1位に選ばれたことは、ドイツ人の食に対する新たな興味や変化を象徴しているのかもしれない。
醤油、みりん、酒、味噌の他、米や麺類、米菓子、わさび、しょうが、
ごま、のり、お茶や葛粉まで様々なオーガニック食材が揃う。
寿司に加え、焼き鳥、野菜餃子、
ワカメのサラダなどが手軽に楽しめ人気が高い。
ドイツの若者世代は欧州一高い国際志向を持っている。EUは、80年代からエラスムスや欧州2020など、長期的な学術交流プログラムに組んでいるが、国をあげて学生の国際化に独自に取り組むドイツは、最新の調査で大学進学者の3分の1が留学経験者という傑出した高い留学率を叩き出した。こうした新しい世代の国際志向と、欧州最大の市場を持つオーガニック大国ドイツの健康に対する人々の意識の高まりは、ドイツの食文化にも少なくない影響を与えているだろう。
長時間腰を曲げ丁寧に行われる収穫は、ドイツ人農家が最も嫌う作業で、多くが外国人季節労働者によって成り立っている。国内作付面積が拡大する一方、労働者は年々減少。労働条件等の見直しも行われているが歯止めがかからず、大きな社会問題になっている。
そんな変わりつつあるドイツの食卓から、私が実際に味わったドイツ人による料理を皆さんにご紹介したいと思う。今回は、シュパーゲル(Spargel:白アスパラ)が並ぶ食卓を。ご存知のように、初春から初夏を彩るヨーロッパを代表する春野菜シュパーゲル。ドイツでは、農業作付面積がジャガイモやニンジンを越え、一位を占めるほど、国中を魅了する野菜の王様。シーズンの始まりに規定はないものの、国産の場合、終わりが6月24日(聖ヨハネの日)までと決まっている。
高値で売られるが市場では一番に売り切れる。
ドイツ人がシュパーゲルを選ぶポイントは大きく3つ。①産地、②サイズ(と色や形状)、③鮮度。このうち、最も値段に影響を与えているのは産地。国産であることはもちろん、近隣の名産地のものが好まれる。私が住むエッセンでは、ニーダーライン地方を代表する名産地Walbeck産のものが極上品とされ、キロにして3~5€ほど高い値で取引される。
ドイツ製キッチンは世界で高い人気を誇るが、ドイツならではの調理器具も多く存在する。シュパーゲル料理にも、もちろん専用器具がある。代表的なものは鍋(Spargeltopf:シュパーゲルトプフ)、 皮むき器(Spargelschäler:シュパーゲルシェーラー)、トング(Spargelzange:シュパーゲルツァンゲ)。テーブル装飾、食器なども家庭によってシュパーゲルに因むものを揃えて、季節の食卓を華やかに彩る。
水は少なめで、家庭によって、水に塩、砂糖、はちみつなどの隠し味を加えたり、
シュパーゲルの剥いた皮を香りづけとして加え利用する。
波形でシュパーゲルを掴みやすい。
さて、ここからは、私が今シーズンいただいたドイツの友人たちによるシュパーゲルのお料理を。
一皿目は、茹でたシュパーゲルにバターやオランデーズソースをかけ、付け合わせに茹でたジャガイモと肉料理(またはハムなど)を添える最も伝統的なスタイル。この時は、茹でた牛肉にフランクフルトの名物料理グリューネゾーセを添えていただきました。
二皿目は、こちらもクラシックなスープ。帰宅途中に偶然会った友人が「久しぶりだから、うちで一杯ワインを飲んでいかない?」と自宅に誘ってくれた際、ワインと共にいただいた当日の夕食の一品。剥いた皮で出汁をとったり、前日の残りのシュパーゲルも上手く活用したそう。
三皿目は、ドイツ家庭料理でも最近流行している低温調理によるサーモンを添えた一品。バターと塩、砂糖を少量加えたシュパーゲルをアルミホイルで真空に近い状態に包み200℃のオーブンで40分調理。そこに、少量のバターを添え80℃のオーブンで10分調理したサーモンをのせていただきます。
最後は、私のお気に入り。彼はドイツ人ではなくイタリア人ですが、ドイツ在住30年を超え、両国どちらの料理も心得た友人シェフ、ルイージによる一品。蒸したシュパーゲルにトリュフオイルをかけ、新鮮なブッラータを添えていただきます。
ドイツには、少し仲が良くなると、その人を自宅に招き食卓を共にするという、とても温かい習慣がある。そんなドイツで出会った料理やフーディーな仲間たちは、ドイツの食文化に大きな期待を抱いていなかった私にとって、驚きと喜びに満ちた魅力的なものでした。
インターナショナルなものから、伝統的なものまで、様々なスタイルが交錯するドイツ人たちの今の料理。季節ごとに、地味溢れる素材の魅力を引き出そうと工夫を凝らすドイツの食卓の美味しい物語を、また折に触れ紹介できればと思う。
Posted by 中村ゆかり
中村ゆかり
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専門は、フランス音楽と演奏史。博士課程在学中より、音楽評論とプロデュースを始める。新聞、雑誌、公演プログラム等の執筆、音楽祭や芸術祭のプロデュース、公共施設、地交体主催の公演企画、ホールの企画監修などを手掛ける。また5つの大学と社会教育施設でも教鞭を執る。2016年よりドイツ在住。