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《フランス・ペイザージュ⽇和②》パリのランドスケープ事業にみる、フランス人ペイザジストたちの心得、その1 Posted on 2021/11/23 水眞 洋子 ペイザジスト パリ

いい風景とは何か?
どうすれば、美しく皆に愛される風景を創造できるのか?
ペイザジストたちは、このようなことを日々考えながら、生活しています。

「いい風景」を設計するための重要なキーポイントとして、
ほぼすべてのフランス人ペイザジストたちが共通して心得ていることがあります。
それは、「境 (limite, frontière,)」を超越し、新たな「開けた視点(ouverture)」を見いだし、「連続性 (continuité)」のある空間を創造すること。

私たちは、日々の生活の中で、さまざまな「境」と共に生きています。
それは概念的な識別だったり、物理的・視覚的な仕切りだったり、カテゴリー分けだったり、機能面での使い分けだったり、専門性や社会的立場の区別だったり、色々あります。
いずれにしても、「異なる」と認識されるもの同士を区別し、境界をつくり、それぞれ分けて認識し、分けて考察し、分けて利用する、ということを日常生活で行っています。

フランスのペイザジストたちは、この「境」をいかに超越した空間を構想するか、ということを大切にしています。
「分けること」に囚われない開けた視点を見いだし、新しい連続性を創ることで、より調和のとれた空間・風景を生み出すことができる、と彼らは考えているからです。

今回は、パリで現在進行中の都市整備事業における、ペイザジストの活躍を紹介したいと思います。



前回の記事の中で、パリの美観の秘密についてお話いたしました。
パリが世界一美しい街として愛されてやまない理由には、道路と並木が深く関係していること、この構想は19世紀ナポレオン3世時代に創られたこと、そして当時道路は「景観を楽しむ場所」として認識されていたこと、などについてご紹介しました。
19世紀のパリでは、道路は人にとても近い存在で、市民の憩いの場として良く機能していました。

《フランス・ペイザージュ⽇和②》パリのランドスケープ事業にみる、フランス人ペイザジストたちの心得、その1

(写真1)19世紀後半のパリの様子

しかし20世紀を境に、この道路と人間との関係性が大きく変わり始めます。
「車社会」の到来です。
道路が自動車にどんどん占領されて、人が安心して歩けない道が急増していきました。



《フランス・ペイザージュ⽇和②》パリのランドスケープ事業にみる、フランス人ペイザジストたちの心得、その1

(写真)20世紀初頭のパリ市内の様子

新しい道路の建設や拡張工事も次々におこなわれ、道路の幅はどんどん広がりました。
街の至る所に駐車場が建設され、路上の両側に車がずらっと停車され、街の風景が車一色になってしまいました。

機能性を重視した道路のデザインはとても単調で、景観として楽しめないものばかり。
そのうち街路樹が邪魔者扱いされるようになり、美しい並木が全伐された道も出てくる始末。こうしてパリの道路は、街の美観を提供する空間から、移動のみの空間へと変わっていきました。

(写真2)シャンゼリゼ通りの交通渋滞の様子

車による弊害は景観だけではありません。
車の数が増えれば増えるほど、街の空気も汚れていきました。
この状況は、ボルドーやリヨンなどのフランスの主要都市で広くみられ、フランスでは毎年およそ42,000人が大気汚染物質が原因で死亡しているとさえ言われるほどでした。

幸いにも、このような悲惨な状況が近年ようやく変わりつつあります。
車専用道路を、プロムナッド(散歩道)や緑地に再整備する事業が、新しいムーブメントとしてフランス全土で広がりつつあるのです。
そしてこの流れに、ペイザジストが大いに活躍しています。

ペイザジストたちの任務は、車道によって分断された街に新たな調和を創造すること。
具体的には、車に占領されていた道路をいかに歩行者に開放し、市民の憩いの場として、また風景を楽しむ場として再設計していくか、を構想しています。
この再整備事業において、彼らが得意とする「境 を超越し、新たな開けた視点を見いだし、連続性のある空間を創造する」、というアプローチが大いに功を奏しています。

パリらしいプロジェクトとして注目したいのが、ロータリーの再整備です。
フランスには、ロータリーを用いた道路が多くあります。
特にパリでは、歴史的なモニュメントや広場が、ロータリーの中心部を成しているケースが多々あります。
凱旋門やレプブリック広場などは、パリの代表的な大型のロータリーと言えます。



《フランス・ペイザージュ⽇和②》パリのランドスケープ事業にみる、フランス人ペイザジストたちの心得、その1

(写真3)20世紀前半のレプブリック広場の様子

馬車などで移動していた時代は、交通量が今より比べ物にならないほど少なく、道路を渡ってこれらの広場に行くことがとても容易でした。
車が到来して道路が完全に車移動の場所となると、この中央部分に徒歩でアクセスすることが大変困難な状態となりました。
パリ市では近年、これらのロータリーの再整備事業を精力的に行っています。

ナシオン広場 (Place de Nation) も例に漏れず、近年大きく様変わりしたロータリーの一つです。
ナシオン広場は、昔からパリとヴァンセンヌを結ぶ主要道路が交わる場所として、重要な地点とされてきました。

《フランス・ペイザージュ⽇和②》パリのランドスケープ事業にみる、フランス人ペイザジストたちの心得、その1

(写真4)20世紀初頭のナシオン広場の様子

「共和制の勝利の像(Le triomphe de la République)」 を中心に円形の広場が設けられ、8車線からなる車道に囲まれていました。
その幅およそ26m。

車の交通量が増加するにつれて、道路がもたらす圧迫感は増し、歩行者にとって居心地の良い空間とは程遠いものへと変わってしまいました。
とくに中央広場には行くは、26mもの車道を横断せねばならず、気軽に散歩できる場所ではなくなってしまいました。

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《フランス・ペイザージュ⽇和②》パリのランドスケープ事業にみる、フランス人ペイザジストたちの心得、その1

(写真5)2018年以前のナシオン広場の様子

近年、この広場をペイザジストチームたちはダイナミックに変革しました。
車道数は半分に減らし、空いたスペースに中央広場を拡張させ、6000㎡の新たな緑地スペースを作りました。

《フランス・ペイザージュ⽇和②》パリのランドスケープ事業にみる、フランス人ペイザジストたちの心得、その1

(写真6)再整備後のナシオン広場の様子(@ Ville de Paris)

プロムナッド(散歩道)やサイクリングゾーン、また子ども向けの遊具コーナー、共同菜園スペースなどを新たに設け、性別世代問わず、市民みんなが集える道路空間に生まれ変わらせたのです。
今では歩行者の往来がとても盛んになり、平日は通勤や通学の人たちが行き交います。
また休日は様々なイベントが開催され、子ども連れで楽しむ家族や、共同菜園で作業に勤しむ人たち、スケートボードを楽しむ若者などで賑わいます。



《フランス・ペイザージュ⽇和②》パリのランドスケープ事業にみる、フランス人ペイザジストたちの心得、その1

(写真7)今日のナシオン広場の様子
(@ Ville de Paris : https://mairie12.paris.fr/pages/inauguration-de-la-place-de-la-nation-10545)

興味深いことに、ペイザジストたちは、設計プランを構想するにあたり、市民から出てきた意見を設計案の中にふんだんに組み込んでいきました。
共同菜園整備もその一つです。

この「市民のアイデアを汲み取って、プロジェクトに生かしていく」ことも、ペイザジストの大切な任務の一つです。
というのも、官と民の間の境を越えて協議することで、新しいアイデアが生まれ、しかも
市民の中に当事者意識が生まれて、より市民から愛される風景を実現することができるからです。
まさにペイザジストが得意とするアプローチです。
こうしてナシオン広場は、「誰かが設計した広場」ではなく、「私たちが設計した広場」と認識され、市民が愛着を持って利用する場所へと生まれ変わりました。
今では、パリで最も人が集うロータリーの一つとなっています。

《フランス・ペイザージュ⽇和②》パリのランドスケープ事業にみる、フランス人ペイザジストたちの心得、その1

《フランス・ペイザージュ⽇和②》パリのランドスケープ事業にみる、フランス人ペイザジストたちの心得、その1

(写真8)今日のナシオン広場の様子
(@ Sortir à Paris: https://www.sortiraparis.com/actualites/a-paris/articles/194690-la-nouvelle-place-de-la-nation-les-photos

(写真8)今日のナシオン広場の様子
(@ Sortir à Paris: https://www.sortiraparis.com/actualites/a-paris/articles/194690-la-nouvelle-place-de-la-nation-les-photos

このペイザジストのアプローチは、私たちの生活にも取り入れることができると、私は思っています。
日常の生活の様々なストレスの中で、無意識のうちに「境」をつくることで自分を守っていることがたくさんあります。
自分を守ること自体とても大切なことなのですが、この「境」が増えていくと、逆に生きづらくなってしまうことが往々にしてあると、私は思っています。
見渡せば仕切りにばかりに囲われて、全体が見通せず、視野が狭くなってしまうからです。
ペイザジスト的な視点を持つことで、これらをひらりと超越し、より開放的な視点で全体を見渡すことができたら、より本質的な風景が見えてくるのではないか、と私は思っています。



《フランス・ペイザージュ⽇和②》パリのランドスケープ事業にみる、フランス人ペイザジストたちの心得、その1

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Posted by 水眞 洋子

水眞 洋子

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水眞 洋子(みずま ようこ) 
大阪府生まれ。琉球大学農学部卒業後、JICA青年海外協力隊の植林隊員及びNGO《緑のサヘル》の職員として約4年間アフリカのブルキナ・ファソで緑化活動に従事。2009年よりフランスの名門校・国立ヴェルサイユ高等ペイザージュ学校にて景観学・造園学を学ぶ。「日本の公園 におけるフランス造園学の影響 」をテーマに博士論文を執筆。現在は研究のかたわら、日仏間の造園交流事業や文化・芸術・技能交流事業、執筆・講演などの活動を幅広く展開中。
ヴェルサイユ国立高等ペイザージュ学校付属研究室(LAREP)、パリ・東アジア文明研究センター所属研究所(CRCAO)、ギュスターヴ・エッフェル大学に所属。シエル・ペイザージュ代表。博士(ペイザージュ・造園)。