PANORAMA STORIES
「ペイザージュ」との出会い Posted on 2021/08/11 水眞 洋子 ペイザジスト パリ
今回はフランスのペイザージュのことと、私がこの道に至った経緯について少しご紹介させていただきます。
「ペイザージュ(paysage)」とは、日本語で「風景、景観、眺め」という意味です。
解釈次第では「造園」とも訳すことができます。
語源をみてみると、《ペイ(Pays) 》と、《アジール(Agir)》」の2つの言葉からできていて、「国土を造る」という意味が含まれています。
そしてこの「ペイザージュ」に従事するプロのことを、「ペイザジスト(Paysagiste)」といいます。
日本語では、「造園家」と訳すことができます。
「造園」と聞くというと、一般的に、庭づくりや緑地の造成に特化した、技術的かつ土木的なお仕事をイメージしがちですが、「ペイザージュ」はフランスでは「景観づくり」全般をさします。
とても広いテーマを扱うことから、ペイザジストたちは様々な切り口からこの「景観づくり」に携わっています。
例えば、都市計画から街全体の設計に従事するペイザジストもいれば、農業・家畜・菜園などの生産活動に携わりながら田舎の風景づくりに貢献しているペイザジストもいます。また美術・芸術・執筆などの創作活動を通して、アーティストとして活躍するペイザジストもたくさんいます。
庭づくりや公園づくりは、ペイザジストの活動のほんの一部にしか過ぎません。
フランスに来た当初の私は、この「ペイザージュ」、「ペイザジスト」という言葉を全く知りませんでした。
ブルキナ・ファソで出会ったフランス人庭師が基準になっていたので、「ジャルディニエ(Jardinier 、庭師)」になろうとばかり考えていました。
また、公園を造れるようになりたかったので、都市計画(Urbanisme)や国土整備(Aménagement du territoire )の知識も必須だと考えていました。
そこでパリ市内の公園か庭園で研修をさせてもらいながら、パリ市内の大学で都市計画を学ぼう、と考えていました。
ところが、到着早々大きな問題に直面します。
「フランス人のフランス語がよくわからん・・・」
フランスで話されているフランス語が、びっくりするくらい入ってこないのです。
実はアフリカで話されているフランス語は、フランス本国のものよりもアクセントがはっきりしていて、メロディーに抑揚があります。
私の場合、日本で学んだ仏語の先生がコンゴ人で、その後本格的に生活したのがブルキナ・ファソだったため、耳が完全にアフリカ仕様になっていました。
よってフランスに住むフランス人が使うフランス語は、「なんかモショモショ言ってるなぁ〜・・・」くらいにしか理解できませんでした(苦)。
大学に聴講しに行っても、先生の言ってることがさっぱりわからない・・・・・・。
もう、公園をつくるどころの話ではありません(笑)。
結局、1年間語学に費やすことにしました。
私にとって苦渋の決断でした。
1年無駄にしてしまうことをとても後悔しました。
でも、実はこの1年間があったおかげで、私は「ペイザージュ」への道へと導びかれることとなります。
そのきっかけは、当時始めたバイト。
BIO(オーガニック)のマルシェで週末働き始めました。
「洋子の今後に絶対役立つから、やってみな!」と言って、敬愛する女性マミさんが見つけてくれたお仕事です。
BIO製品は、今ではかなりフランスで広く流通していますが、2008年当時はまだ限られていました。私はパリでBIOビジネスを手広く行っていたモロッコ人女性の元で、土曜日は14区のブランクジー広場のBIOマルシェで、日曜日は6区のラスパイユBIOマルシェで働き、新鮮な野菜と果物を販売しました。
6時〜15時までの体力仕事。お金をもらうからにはしっかり勤めねばなりません。結構きついことも言われます。
最初は失敗の連続で、凹むことも多々あり、「私 、こんなことするためにフランスに来たわけじゃないのになぁ・・・」と思いながら続けていたのですが、そのうち色々慣れてきて、同僚やお客さんたちのフランス語がどんどんわかるようになってきました。
色とりどりの新鮮な野菜や果物を知り、季節の恵みを堪能し、お客さんと食事や料理について会話を交わすことがとても楽しくなってきました。
そして何よりも、地域の有機野菜を食することが、自分の健康のみならず、フランスの有機農業を守り、結果的に国全体の景観を守ることにつながっているということを、マルシェに売りに来る農家さんたちと話すことで、どんどんと見えてきました。
とある生産者さんは「農業のおかげでフランスの風景が創られたんだよ。ワイン畑とかそうでしょ?」と熱く語ってくれました。
「確かに!! 食と農業と景観は繋がってるんだ!! すごいっ」
見える世界がどんどん広がり、毎週末マルシェに行くのが楽しみになりました。
こんな小さなバイトだけど、社会の豊さづくりにちょっとは貢献していると思えたからです。
そんなある土曜日、一人の年配の紳士と話す機会がありました。
「ジョルジュ」という名の彼は、毎週土曜日にマルシェに来てくれるお客さんでした。フサフサのお髭をはやし、日本語と中国語が驚くほど堪能でした。
なぜフランスに来たのか?と問う彼に、ブルキナ・ファソでの出来事と公園を造れるようになりたいという思いを伝えました。
すると彼はこう切り返してきました。
「ヨーコさんが学びたいのは、ガーデニングでも都市計画でもなく、実は『ペイザージュ』じゃないのですか?」
全く想像だにしなかった返答に、私は思わずこう聞き返しました。
「あ、あの、すいませんジョルジュさん。『ペイザージュ』ってなんですか・・・・・・?」
彼は私に、ペイザージュは「景観づくり」に携わるお仕事であることでありとても創造的で造形的な仕事であること、一般的な大学によりもペイザージュのグラン・エコール(高等専門大学校)で勉強する方が、より実践的で多様性に富んだノウハウが習得できること、その学校はヴェルサイユにあり、『ポタジェ・ドゥ・ロワ(Potager du Roi、王の菜園)』と呼ばれるルイ14世が食する野菜や果物を生産していた菜園の敷地内にあること、などを教えてくれました。
この日を境に、私は「ペイザージュ」を志すようになりました。
教えてくれたジョルジュさんは、実はフランス国立科学研究センター(CNRS)の民族植物学者さんで、日本と中国の植物を専門とする有名な方でした。
こうしてマルシェのお客さんジョルジュさんは、私の人生の先生「ジョルジュ先生」となり、ご指導いただくことになりました。
それは今もなお続いています。
(ちなみに、ジョルジュ先生は、日本で絵本になっています。『大きな木のような人』いせひでこ著)
マルシェで得た経験は、その後のヴェルサイユ国立ペイザージュ高等学校での生活に大いに役に立ちました。なぜならば、ペイザージュの本質の一つを教えてくれたからです。
このマルシェでの学びは、日本にも言えることだと思います。
つまり、食と、自然と共にある生業(農業・林業等)が、私たちの国の風景を創り、守ってくれること、です。
日々の忙しい生活の中で忘れてしまいがちだけど、「豊か」に生きる上で、とても大切なことだと思っています。
Posted by 水眞 洋子
水眞 洋子
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大阪府生まれ。琉球大学農学部卒業後、JICA青年海外協力隊の植林隊員及びNGO《緑のサヘル》の職員として約4年間アフリカのブルキナ・ファソで緑化活動に従事。2009年よりフランスの名門校・国立ヴェルサイユ高等ペイザージュ学校にて景観学・造園学を学ぶ。「日本の公園 におけるフランス造園学の影響 」をテーマに博士論文を執筆。現在は研究のかたわら、日仏間の造園交流事業や文化・芸術・技能交流事業、執筆・講演などの活動を幅広く展開中。
ヴェルサイユ国立高等ペイザージュ学校付属研究室(LAREP)、パリ・東アジア文明研究センター所属研究所(CRCAO)、ギュスターヴ・エッフェル大学に所属。シエル・ペイザージュ代表。博士(ペイザージュ・造園)。