PANORAMA STORIES
ツバメからのメッセージ 「コンナフウニ アルガママニ ジユウニ イキレバ イインダヨ」 Posted on 2017/08/11 町田 陽子 シャンブルドット経営 南仏・プロヴァンス
夏のプロヴァンスは、どこもかしこもフェスティバルに湧いている。オランジュやエクス・アン・プロヴァンスの音楽祭、アヴィニョンの映画祭が有名だが、それ以外の町でもイベントが盛りだくさん。昼間は日差しが強烈だが、夕方になると気温が下がり、爽やかな風が吹いてくる。1日の温度差は15度くらい。 屋外でコンサートや演劇を観るには最高に気持ちいい季節である。
私がいま暮らしているのは、小さな町というより、大きな村といったほうがしっくりくる。まわりには果樹園や畑が広がり、旧市街は小さな川に縁取られている。ときどき、包丁研ぎのおじさんが屋台をひいてやってくるような村である。
屋根はオレンジ色の瓦で統一され、パステル調の鎧戸がカラフルに並んでいるが、この村も景観保存にはうるさい。たとえば、教会から半径100m以内の家は、窓は木枠でなければならない。フランスでもいまどきはプラスティック製が主流である。手入れが簡単で安価。もっとも私は味わい深い木枠のほうが好みなのだが、木枠の場合、ペンキを定期的に塗らなくてはならず、手間がかかるである。
わが家の前の家の家主は、この家で生まれ育ち、リタイア後の現在も同じ家に暮らす。冬の暖房は暖炉ひとつだけという昔ながらの生活だ。そんな人たちが暮らす田舎に住み始めて半年以上が経った。
大都会東京で20年間暮らしたが、幼い頃は、愛知の田舎で過ごした。同じように純朴な土地、プロヴァンスに来て心の底からよかった! と思うのは、ツバメの存在。そう、ツバメたちと友だちになったこと。
夕方になると、巣に帰る何百というツバメが、今日1日の遊びおさめと思うのか、この村の上をすごいスピードで飛び回る。一羽で悠々と空高く舞うのもいれば、大勢で群れになってぐるぐる回り続けて遊んでいるのもいるし、二羽で競争しているのもいる。空が暗くなるまでの時間が、ツバメの時間。そのあとはコウモリの時間。
キーキーというツバメの鳴き声が聞こえ始めると、私はテラスに出て、空を眺める。じっとしていると頭のすぐ上を走り抜けていくので、1時間もいると、彼らと完全に一体化してくる。次第に、自分自身も彼らと同じ自然の一部なんだという思いが広がってゆく。
コンナフウニ アルガママニ ジユウニ イキレバ イインダヨ
生きていることが楽しくてしょうがないツバメたちからのメッセージを受信する。
しあわせな夕刻のひとときである。
フランスでは、知り合って間もない人と話をするとき、決まって聞かれることがある。
「Qu’est ce que vous faites dans la vie? ケスク・ヴ・フェット・ダン・ラ・ヴィ?」
あなたは何をしているの? お仕事は何ですか? という意味だが、会社名は答えにならない。逆に、たとえお金は稼げていなくても、打ち込んでいるものがあれば「こんなことをやっています」と堂々と言える。
私はしばらく前に、肩書きを捨てた。
ずっと、編集者という肩書きをつけていたが、いまは何もない。日本で20年精魂込めて打ち込んだ仕事であっただけに手放せずにいたが、削除したらすっきりした。
プロヴァンスでいろんな人に出会った。
オーガニックをつきつめて着るものにもこだわってみるも、おしゃれなデザインがなく自分で作り始め、デザイナーになってしまった人。子どもを寝かしつけるために自然の音を録音しはじめたのがきっかけで、いつしか環境音楽家になった人。服飾の仕事をしていたのに、もう一度勉強しなおし、ずっと前にあきらめた小学校の教師になった人。
そんな人たちの影響があり、もっと自由でいいのだと少しずつ思えるようになった。 編集者と作家の二足の草鞋を履いて活躍されていた大先輩や、文筆業もしていた著名な写真家の友人もいたが、それは恵まれた才能がある特別な人だと思っていた。しかし“器用貧乏”であってはならないという掟に縛られ、“下手の横好き”とからかわれるのが怖くて、じつは長年「好き」を封印していたのは自分自身だったのだと気がついた。
先日、根を詰めた長丁場の仕事がやっと終わり、1冊の本になった。相棒のダヴィッドがお祝いの言葉のあとに、こう言った。
「この先1ヶ月くらい、あなたが働いている姿を見たくない。毎日プールに行ったり、本を読んだり、エステに行ったり、自分を大切に過ごしてほしい」
隣にいる相手にそれだけ苦痛を与えていたかと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、私にとっては仕事とはいえ「好きなこと」なので、苦痛ではない。
というわけで、残念ながら、彼の望む生活はまったく実行できていない。男と女のお話はこれまた別問題というわけで、そんな話は、また今度!
Posted by 町田 陽子
町田 陽子
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シャンブルドット(フランス版B&B)ヴィラ・モンローズ Villa Montrose を営みながら執筆を行う。ショップサイトvillamontrose.shopではフランスの古き良きもの、安心・安全な環境にやさしいものを提案・販売している。阪急百貨店の「フランスフェア」のコーディネイトをパートナーのダヴィッドと担当。著書に『ゆでたまごを作れなくても幸せなフランス人』『南フランスの休日プロヴァンスへ』