PANORAMA STORIES
リル・シュル・ラ・ソルグ 〜水車とアンティークの町〜 Posted on 2021/08/28 町田 陽子 シャンブルドット経営 南仏・プロヴァンス
この秋で、リルシュルラソルグの町に移って5年が経つ。デザイン・ストーリーズに参加させていただいたり、2冊の本に取り組んだりしていたのもちょうどその頃だったから、矢のような速さで毎日がすぎていった。
日が短くなった晩秋の宵、しんと静まり返った小さな町に郷愁のようなものを感じたのも、つい昨日のことのよう。
プロヴァンス地方というと、どの町や村も牧歌的でラベンダーがそこら中に咲いているイメージかもしれないが、じつはとても広くて、かなり町の雰囲気も違う。
たとえば、最初に私が暮らしたマルセイユは地中海に面し、背後に緩やかな丘が連なる美しい地。
対岸の北アフリカからの移民が多く、活気があって庶民的。次に住んだエクス・アン・プロヴァンスはマルセイユから30kmしか離れていないのに真逆な印象。保守的なお金持ちが暮らす洗練された町といったところ。そしてここリル・シュル・ラ・ソルグは、ソルグ川にぐるりと囲まれた小さなかわいい町。
人口は約2万人弱。長野県の軽井沢町とほぼ同じといえば、そのこぢんまり感が伝わるだろうか。
プロヴァンス地方には有名な素敵な村がたくさんあるけれど、驚くほど住人が少ない村もある。というのも、2001年にパリからマルセイユまでTGVがつながったことで別荘地として人気沸騰、地価が高騰して地元っ子は村から出てしまった。その点、リル・シュル・ラ・ソルグは古くからの住民がまだたくさん暮らし、大きなマルシェが週に2回立ち、昔ながらの生活が息づいている。そこがいい。
この町に来るとまず目につくのが、あちらこちらで回る水車。
この小さな町に14機もの大きな水車が回っているのだから否応なく目立つというもの。ガタンゴトンと音を立てながら回り、水をざぶんざぶんと流していく。
じつはこの水車こそが、この町を発展させてきた立役者なのである。ソルグ川の水流と水車は大昔から暮らしに利用されてきたけれど、最初は小麦粉の製粉に使われていたそう。
リル・シュル・ラ・ソルグの名を高めたのは、水車の力で毛織物を作るようになってから。羊毛を紡ぎ、織り上げ、美しい織物に仕上げる縮絨機(しゅくじゅうき)という機械を導入し、13世紀にはソルグ川支流全体で62の水車が回り、この町の高品質な羊毛は大評判だったそうだ。19世紀には17もの紡績工場があり、それに関わる労働者が300人もいたという。けれど電気の普及とともにその役目は失われ、毛織物の産業も廃れてしまった。
ところが時を経て、打ち捨てられていた昔の紡績工場跡に、アンティーク屋が目をつけた。もともと木工の製造が盛んな町でもあったため、家具職人も多く、古い骨董を商う店も多かったよう。大きな骨董品を収容するのに、紡績工場はうってつけだったのだ。
まず駅前の工場跡に「レ・ヴィラージュ(村)」第一号が1978年にできた。その後、さらに2号、3号と増え、現在は10もの“ヴィラージュ”に250軒ほどのアンティーク屋とブロカント(古道具)屋が入っている。
水車とともに発展した紡績工場跡地だから、どの“ヴィラージュ”も川沿いにあるというわけ。
毎週日曜日には、デ・キャトル・オタージュ通りでアンティーク市が立つ。旧市街のマルシェをそぞろ歩き、その後、アンティーク市や“ヴィラージュ”を散策し、ゆっくり休日のランチを楽しむのがプロヴァンスっ子の日曜日。
アヴィニョンやエクス、マルセイユなど大きな町から、自然豊かなこの小さな町へ週末を過ごしに来る人も多いので、夏だけでなく年中、週末はにぎやかだ。
アンティークが評判を呼び、今はインテリアショップやアートギャラリーも増えている。コロナで2年続けて開催中止になってしまったけれど、毎年2回、春のイースターと8月にアンティークの大きなフェアが町中で開かれるのもお楽しみ。お役目終了になった水車も、旅人の目を楽しませている。1つだけ残った毛織物の老舗メーカーも、ミュゼ兼ブティックとして存続している。
私たちは旧市街で小さな1部屋だけの民宿(シャンブルドット)をやっているけれど、何年経ってもこの地の豊かな魅力に私たち自身が感動している。それは言葉にするとたわいもないものばかり。
たとえば今なら、夏の光が少しずつ、毎日ほんの少しずつ、秋の光に変わっていく様子が美しくて、どれだけ眺めていても飽きることがない。
やっぱり、プロヴァンスが好き。
デザイン・ストーリーズの1回目で書いたときと同じ気持ちでいられることが、最高にしあわせだ。
Posted by 町田 陽子
町田 陽子
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シャンブルドット(フランス版B&B)ヴィラ・モンローズ Villa Montrose を営みながら執筆を行う。ショップサイトvillamontrose.shopではフランスの古き良きもの、安心・安全な環境にやさしいものを提案・販売している。阪急百貨店の「フランスフェア」のコーディネイトをパートナーのダヴィッドと担当。著書に『ゆでたまごを作れなくても幸せなフランス人』『南フランスの休日プロヴァンスへ』