PANORAMA STORIES
「パリ老舗ワイン商で働く、楽しいけどたいへんな日々」 Posted on 2021/12/22 前川 大輔 ワイン商 パリ
フランス、パリにあるワイン商で働き始めこの秋で丸10年となりました。
私が勤めるルグラン&コーは、1880年創業の老舗ワイン商でパリのど真ん中、2区にあります。
観光客の絶えないパッサージュ「ギャラリー・ヴィヴィエンヌ」に店舗を構え、社員の私でもほれぼれするような歴史を感じさせる佇まいが自慢です。
ボルドーの名だたるシャトーから直接買い付けて世界各国のプロにワインを卸すネゴシアンとしても名を馳せております。
私はオールドヴィンテージやレアワインを専門として世界各国のインポーターや個人客に販売する部門で、セールス、バイヤー、事務方など13名の同僚と働いています。フランス人が大半ですが、中国、香港、ロシア、アメリカと様々な国籍の社員もいます。
そして年長で社歴が最も長い私が、このチームをマネジメントするディレクターを務めさせてもらっております。
私の役目は、部門の方向性を決め、チームをまとめてゆくこと。
会社がありたいと思うビジョンを掲げ、それを達成するための手段を考えチームに伝える大切な役目を担っております。
毎日の買い付けや売り上げの管理、定期的なミーティング、部門間の調整事、顧客からのクレーム対応の指示、上司であるグループ・ディレクターへのレポートなどなど、その仕事は多岐にわたります。
上下関係が日本ほど厳密ではないフランス、彼らを「部下」と呼ぶのはしっくりしませんが、一応仕事上の問題や悩み相談を聞いたり、時にプライベートの与太話に耳を傾けることもあります。
日本は島国ですし、多少の差はあってもだいたい皆同じような価値観を共有しています。つまり以心伝心、言葉で明確に表現しなくても察してくれる、共に働くにはこの上ない環境があると言っても過言ではありません。
しかし、個人の考えや価値観を何よりも重んじる、多種多様な背景を抱える多民族国家フランスのおいては、そうはいきません。
ラテン民族のおおらかさ、悪く言い換えればいい加減さにはほんとに辟易とさせられます。
私の右腕であり買い付けの一切を任せてきたディレクター補佐のシモンが、このロックダウン中に田舎で仕事をしたいと突然退職してから、買い付け管理も私の仕事になりました。
同時にグループ全体の買い付けを仕切るファビアンが買い付けに関する私の直接の上司となったのですが、この彼がいわゆるザ・フランス人…。
今年1月にルグランの日本法人を立ち上げ、私はそこの代表も兼務しておりますが、日本への輸入には生産者のお墨付きが必要で、その交渉窓口がこのファビアンなのです。
「8月はバカンスだから」、「9月は収穫だから」、「10月は醸造だからと」、という理由うで、とにかく物事が進みません。毎週ミーティングで急かすのですが、「それは今日の午後」「いや明日には」「いや来週には」とはぐらかされます(泣)。
普通日本人なら、ここまでくると気まずいを通り越して喧嘩になりそうなものですが、ザ・フランス人のファビアンは満面の笑顔で悪びれることもなく、毎回まるで今初めて聞いたような反応をするのです。
ついこっちが「えっ、あれっ、僕の拙いフランス語はこんな事まで通じてなかっただろうか」と錯覚するほど。
その都度「いやいやここはフランスだから」と自分に言い聞かせ、私も満面の笑みで「オッケー、じゃ明日までね」とお返することになり、結局、なかなか物事が進まないまま今に至ってしまうという次第なのです。(笑)。
こんないい加減な男ですが、尊敬できる部分も沢山あるのがフランス人の愛すべきところ。
ファビアンのワインに対する情熱や知識、ティスティング技術はグループ随一。
おしゃべりな上に陽気なラテン気質でとにかく人脈が幅広い。
初めての生産者ともすぐにボンナミ(親友)になってしまうし、あっと驚く凄いワインを買い付けてきたり、取引はまず無理と思われた生産者からアロカシオン(割り当て)を貰ってきたりと、他の人では真似できないことをやってのける…。
とにかくフランス人は得手不得手の差が驚くほど大きい、そして我が社は一芸に秀でる興味深い面々が活躍する場でもあるわけです。
最近私の営業面での右腕、ディレクター補佐となったカトリーヌはいつもマイペースで、チームの雰囲気を自然と和ませる、お姉さん的役割の人です。
いつだって笑顔で怒ることなく、やさしい冗談を云って私をサポートしてくれます。ええ、ただ彼女も当然フランス人。ミーティングの時間には必ず遅れてきます。
これは彼女に限ったことではないですが、午前10時にミーティングをするよ、と伝えると、10時に仕事を一旦やめてまずトイレに行き、それからコーヒーを淹れてから戻ってくるので、10分、15分遅れは当たり前…。
まぁ、ここフランスで、日本みたいに10分前に全員そろったら、それはそれで気持ち悪いかもしれませんね。(笑)。
ともあれ、このような環境で私はここパリで10年間も働いてきました。
異国の地で働くことは価値観や環境の違いの振れ幅が大きく苦労は絶えません。
でも、自分の欲望に裏表のないフランス人、違いを否定せず尊重しようとするフランスの文化は素晴らしいと感じています。
この寛容さのおかげで、フランスでは芸術や美食がすくすくと育っているのです。
さて、自己紹介はこのくらいにします。
次回から、ワインにまつわる、専門的なお話をさせてください。
皆様によりワインの素晴らしさを届けられることが私の今の大いなる喜びなのであります。
LEGRAND FILLES ET FILS
1, rue de la Banque 75002 Paris
+33 1 42 60 07 12
Posted by 前川 大輔
前川 大輔
▷記事一覧上智大学卒。2009年渡仏、2010年シャンパーニュ・ランスでMBA取得。
2010年ルグラン・グループ入社。古酒&レアワイン部門のディレクター、2020年よりルグラン・ジャポン社長兼務。