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「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」 前編 Posted on 2016/11/05 船橋 知世 ガイド・コーディネーター パリ

「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」 前編

飽きれてしまうほどに今年の夏は仕事がなく、家でぼーっとする生活が続いていた8月半ばのある日、めったに鳴らない携帯に「明日のお昼にランチしましょう。」というメッセージが入った。
全くといっていいほど親しくない間柄のエストニア人、マリアからきた連絡だった。

10年以上前にビジネスでドバイに住んでいた彼女は、身なりからして優雅な生活をしているマダムオーラを醸し出し、フランスには3年前にきたばかりだというのに、始めたばかりの旅行会社は既に順風満帆という強者。
あまりにシンプルな、そして唐突すぎるメッセージには何かしらの怪しさが滲み出ていたが、退屈な明日を過ごすよりはましかと思い、迷うことなく次の日に待ち合わせることになる。

ヨーロッパの小国出身者によく見られるように、マリアはエストニア語、ロシア語、フィンランド語、英語、イタリア語、フランス語と複数の言語を流暢に喋り、社交的で、臨機応変、誰からも好意を抱かれる類の才能を持ち合わせていた。渡仏早々彼女一人で設立した旅行会社は、ロシア人、アメリカ人、そしてバルト諸国の裕福層を顧客とし、フランス各地の観光地を巡るプライベートツアーのガイド業を生業としている。

同業者の私から見ると、日本人の私が日本人観光客を案内するのは想像易しとしても、世界中から来る観光客をたった一人でツアーセッティング&ガイドツアーをしているマリアはかなりパワフルな存在に映る。

連絡の次の日、噴水輝く閑静なパレ・ロワイヤルのカフェに到着し、レモネードとクスクスを注文した次の瞬間には、単刀直入に「ロシアの政治家の娘が今度パリに5日間遊びに来るのだけど、有名スタイリストと称して毎日買い物に付き合ってやってくれ」と切り出されてしまう。
 

「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」 前編

すぐさまスタイリストの経験はないしそもそもブランドにも詳しくないからできないと返したのだが、マリアは確信をもったゆっくりした声音で「私はね、あなたが生まれつき持っていながらも自分自身でわかっていない才能を引き出すことができるの」と、言い放った。

尋常じゃない強引さというのは何かしらの説得力がある。
できるかもしれないと一瞬でも思ったが最後、マリアの計画に巻き込まれていくのであった。

ダーシャは25歳のモスクワ出身ロシア人で、モスクワ市内の住宅に併設する個人乗馬クラブで馬にのって時間を潰す日々を送っていた。趣味はルイ・ヴィトンとドルチェ&ガッバーナとシャネルでのショッピング、パリに泊まるときは必ずホテル・プラザ・アテネ・パリでというお嬢様であった。

彼女曰く、パリ最高級の5つ星ホテル、ホテル・プラザ・アテネ・パリは「自分のうちみたいに感じられてちょうどいい」らしい。

「たった一人では化粧もできない、服選びもできない、レストランも見つけられないという箱入り娘で、シャイな性格だから友達もいない子なのよ、助けてあげて」と説得されたが、私がプロのスタイリストでないことがバレるのは時間の問題であった。

そもそもスタイリストがどのような職業であるのかもよくわかっていなかった。
いいなりのまま似非スタイリストを演じて恥を晒すよりは、先に何かしら手を打つ必要がある。
 

「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」 前編

さっそく半同棲しているおっさんカナダ人彼氏のフォトグラファーに相談をした。
真っ白な肌をしていて体毛が薄い体質、なのになぜか肩の一カ所に集中して大量に灰色の長い剛毛が生え、まるでネズミが肩に乗っているように見えるため、マウスと呼んでいる。
香水や靴などのグッズの撮影を専門としており、様々な有名ブランドの広告を手がけ世界中を旅した経験をもつ。

デジタルカメラ主流のファッション業界の仕事に嫌気がさしたらしく、自分の撮りたい写真をシルバープリントで撮影し、アートギャラリーなどで販売している。モンマルトルの丘に建つ彼の広々としたアパートは黒と白で統一されており、几帳面さが伺えるミニマルな作りになっていた。

マウスと出会うまでは知らなかったのだが、写真というのは被写体によってジャンルが細かく分かれており、グッズを撮影するフォトグラファーはモデルを撮ることがない。
そのことを十分に承知していた上で、「今回だけ特別」にダーシャのポートレイト撮影をお願いできないか、と依頼してみた。最初は無論断られたが、マリアを真似てがむしゃらに説得してみた。
経験のない私が偽物のスタイリストを演じて無垢なお金持ちの少女を騙したくないの、それに、一人で恥をかきたくないのよ、今までやったことのないことをやる機会できっとおもしろいと思う、初めて二人一緒に仕事するなんて素敵じゃない? それにちょっとした割のいいバイトになるわよ、などと出まかせを重ね、なんとかマウスからの許可を得ることに成功する。

数日後マリアに、スタイリストとして私がショッピングアシスタントをするよりは、有名なフォトグラファーとして マウスさんにフォトセッションしてもらうのはどうでしょうと提案してみたら、「とても素敵! あなたにはスタイリストとしてダーシャとショッピングをしてもらって、買ったばかりのお洋服を着せて、マウスさんに素敵な写真を撮ってもらいましょう」と喜んでもらえた。

結局、 似非スタイリストにはなりきるしかないみたいである。
それでも二人で負担が分散されるのはありがたかった。思った以上の予算が出ることになり、マウスはアシスタントとしてケネスというゲイの少年に声をかけることになる。
 

「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」 前編

ダーシャの来仏が迫り、マリアから再び電話がきた。

会話を進めていく中で、なんと私がヘアメイクも担当することになっていたことが判明した。
自分にさえままならない化粧のテクニック、他人様にできるわけもない。しかも人種がまったく違うお嬢様に満足のいくヘアメイクなんて絶対に無理。
その趣旨を強く説明しても、マリアは「大丈夫、あなただったらできるわよ。」といつもの調子だ。どうにかスタイリストになりきろうと何度もユーチューバーの動画を見て参考にしたり、高級ブティック街を歩いて気持ちの準備を整えていたものの、さすがに数日の間にヘアメイクのプロになりきることは到底無理な話であった。

5日間連続出動可能なヘアメイクさんを探し始めたのはダーシャ到着2日前。それほどの短期間で、しかも業種も業界も異なるのに、暇なヘアメイクを探し出せるはずがない。失意のまま、マウスのうちに居候しているモデルエイプリルに相談してみた。すると彼女が「私、メイクの学校にも通っていたことあるし、ヘアメイクできるよ」と言うではないか・・・。

グッズのフォトグラファー・マウスはモデルのフォトグラファーとして、居候モデル・エイプリルはヘアメイクアップアーティストとして、パリに来たばかりでフリーターをやっていたケネスは有名フォトグラファーのアシスタントとして、そして私は敏腕スタイリスト&コーディネーターとして、みんながみんな化けの皮を被り、遂にドリームチームの結成となった。

さて、どうなることやら。

後編へつづく

 

Photography by Tomoyo Funabashi

 
 

Posted by 船橋 知世

船橋 知世

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Tomoyo Funabashi
ガイド・コーディネーター。群馬県出身。フランス在住13年。もともとフランスの地方に住んでいて、最初からパリに興味があったわけではないのですが、舞台美術と衣装デザインの仕事の関係で2011年よりパリに住むことになりました。アート、グルメ、ファッションなどあふれるパリの素晴らしさに触れ、ヨーロッパ史等を勉強していくうちに「ガイドの仕事が向いている」ということに気がつき心機一転。みなさんにパリを楽しんでいただけるよう、がんばります。