PANORAMA STORIES
フランス車に彩りを与えるカラーデザインの仕事 Posted on 2021/05/09 柳沢知恵 シトロエン カラー&マテリアルデザインプロジェクトマネージャー フランス・パリ
これは、私が幼い頃に失敗した話です。
当時の私は、従姉の着ていたこんなワンピースに憧れていました。
祖母におねだりし、デパートに連れて行ってもらいました。
従姉のワンピースがどんなものかを知らない祖母に私が伝えたことは「黄色くて、襟元にお花がついてるもの」。
売り場の店員さんが、どんどん「黄色くて、襟元にお花がついてるワンピース」を出してきてくれるのですが、どれも違うのです。
確かに、黄色いし、お花もついています。
でも、これじゃない…。
最終的に、「なんだか難しい子…」と呆れられた空気を察し、焦って妥協しつつ選んだものは、ペールイエローのふんわりとした素材に、襟元にレースのお花があしらわれたもの。
かなりガーリーで、ロマンチックなものでした。
祖母は、孫の要望に合うものが見つかって良かった! と嬉しそう。
でも、私は内心モヤモヤ。
なんで、同じ「黄色くて、襟元にお花がついてるワンピース」なのに、私は好きじゃないんだろう? 従姉のワンピースと私のワンピースの差はなんだろう? と幼心に強く疑問を持ちました。
現在、私はフランスの自動車メーカーで、自動車の色素材の提案をする「カラーデザイナー」という仕事をしています。
大学を卒業してから、日仏のメーカー合わせて、かれこれ15年近く経ちます。
トレンド調査や、販売地域の顧客の好みを元に、色のバリエーションも考え、「車の世界観や個性を色と素材で引き立てること」が、この仕事の大きな役割です。
まさに幼い頃のワンピースの失敗が、今の仕事に生きているといっても過言ではありません。
今だったら、当時の従姉のワンピースの雰囲気を細かく言語化することができます。
「鮮やかな高彩度の黄色」「ポップで元気」「お花はワンピースと共布」というように。
もしかしたら、黄色であることは重要でなく、パキッとしたビビッドな色であれば、緑や青でも欲しいイメージに近かったのかもしれません。
「黄色くて、襟元にお花がついてるワンピース」と、下手に言語化してしまったために、祖母にも店員さんにも、肝心な雰囲気の部分が伝わりませんでした。
カラーデザイナーの仕事とは、まさにこの言語化する部分。
心地よいものはなぜそう感じるのか、トレンドカラーはどうしてウケているのか。
そして、その反対の、言語をイメージに置き換えることもします。
「ハイテク」な色は何色か、「スポーティ」というキーワードを表現するためにはどのような素材が良いのか、というように。これらの感覚は、生まれ持ったセンスと言うよりも、観察力と分析力で養われるものだと思います。
そして、もっとも大切なことは、これらの気付きを元に考えた提案を、人に「伝える力」です。
「デザイナー」というと、感覚的にものを作る人、というイメージをされる方も多いかと思います。
でも私は、カラーデザイナーの仕事でいちばん大事なことは、この「伝える力」だと思っています。
私が経験してきた中では、伝える力7割、創造力3割といったところでしょうか。
社内の様々な部署、設計、商品企画等とのやり取りはもちろんのこと、取引先の部品や素材メーカーの方々の協力があって、車は完成します。
最終的には、デザインのメッセージを車という商品を通じて、顧客の方々に伝えることが目標です。
どんな人が乗る車なのか、その人は何が好きなのか、その車でどこに出かけるのか、という状況を想像して発想し始めることが多いです。
例えば「家族みんなでスキーに行く車は、どんな色と素材の車が良いだろう?」というように。
それに対して「雪原に映える鮮やかな外装色、濡れたスキーの道具を気にせず載せるには、内装は防水の素材が良いのではないか? 」という具合です。
開発の段階によって、関わる部署や人がどんどん変わっていきますが、常に自分のデザインを伝えていかなければなりません。
特に、車の色素材は、自分一人では、プラスチックの部品はおろか、それを成形するための金属型も作ることはできません。
自分のアイデアをいかにうまく伝えて、相手に表現してもらうかということが勝負になってきます。
日本の職場では、単刀直入に仕事の話に入りがちですが、おしゃべり好きが多いフランスでは、急いでいるときでも、急かさず多少雑談にお付き合いした方が、お互いが気分良く仕事でき、結果、早く仕上がるということがよくあります。
では、そもそもアイデアはどのように閃くのか。
私は人と話すことで考えがまとまっていくタイプではあるのですが、自分とは業界が違う人との会話を通じて、生まれたアイデアがいくつもあります。
例えば、宇宙工学のエンジニアの方と話をしていて、人工衛星のハイテク素材をコンセプトカーに使うことを思いついたり、ネイリストの方のお話から、エクステリアの塗装のイメージが湧いたり。
他にもアイデアの種としては、私の自慢のガラクタコレクションがあります。
日々の生活で見つけた素敵なもの、例えば、印刷がキレイな美術館の半券、テイクアウトで付いてきた不思議な凹凸がついた紙コップ、形が面白くて何年も食べられないチョコレート。
そんな捨ててしまうようなものでも「いつか使いたいもの素材ストック」として集めています。直接カーデザインとは関係なさそうな、作り手のこだわりを感じる素材たちを並べて眺めているときに、イメージが湧くことが多いですね。
また、ここぞというときには、人に伝えるサンプルとしても活躍してくれます。
特に言語が違う外国では、その場で見せられるモノがあると、より伝わるのです。
今はネットを通じて、簡単に情報が手に入る時代ですが、やはり誰かと会って話したり、素敵なものを実際にみにいくことを心がけています。
自分の経験を通じて手に入れたものは、オリジナリティに繋がっていくので大切に。
自動車は技術の塊といわれていますが、ちょっと難しそうな新技術を、わかりやすく心地よいものへ作り変えて、伝えるのも私の仕事だと考えています。
日々の生活で出会った素敵なものたちは、私の「誰かに伝えたい気持ち」を盛り上げてくれ、「伝える力」を下支えしてくれているような気がします。
柳沢知恵氏インタビュー記事はこちらから⬇️
https://www.designstoriesinc.com/special/tchie_yanagisawa/
Posted by 柳沢知恵
柳沢知恵
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シトロエン カラー&マテリアルデザインプロジェクトマネージャー。
筑波大学大学院芸術研究科終了後、日産自動車デザイン本部に勤務、ルノー社への赴任を経て、2015年より現職。