PANORAMA STORIES

宛名と宛先のない手紙 Posted on 2016/11/24 横山 起朗 ピアニスト ポーランド・ワルシャワ

宛名と宛先のない手紙を書くことにした。それは僕の身に起きたある奇妙な出来事に由来する。

今年のある夏の朝、僕のもとにワルシャワ中央郵便局から一枚の白い封筒が戻ってきた。その封筒には、宛名と宛先が一切書かれておらず、宛先不明と赤い判が押されてあった。そして、裏には差出人として僕の名前と住所が書かれていた。いったいいつ書いた手紙だろう、と僕は不思議に思いながら、封筒をペーパーナイフで切り開いた。中には少し日焼けした便箋が一枚入っていた。ワルシャワのランドマーク、文化科学宮殿の透かし彫りの入った、美しい便箋だった。

  元気じゃなくても、元気です、と言ってしまうあなたへ。
 
文面というよりタイトルのような一文だけが記されてあった。僕はひどく驚いた。なぜなら、その文章を書いた覚えがなかったからである。それに、封筒にも便箋にも全くもって身に覚えがなかった。しかし、書かれた文字の筆跡や筆致には見覚えがあった。けれども、断言出来るほど明確なものではない。しばらくの間、書かれた文章をじっと見つめ、本当に僕が書いたのだろうかと、考えつく限り書きうる状況を脳内に列挙してみたが、どれもしっくりとくるものはなかった。 
 
僕はその手紙を捨てるには憚れ、便箋を封筒の中に仕舞い、引出しに入れた。一応は、僕が出した手紙とされているし、そのまま捨ててしまうには忍びない気がしたからである。 

それからしばらくの間、僕は手紙のことを忘れていた。

しかし先週、引出しの中からひょっこりと封筒が姿を現した。いつの間にか引出しの奥に追いやられていたらしく、幾分よれよれになっていた。僕は封筒の皺を丁寧に伸ばし、中から便箋を取り出した。それから僕は、そこに書かれてある一文を、もう一度ゆっくりと読んでみた。すると、初めて読んだ時に感じた不安定な驚きは消え失せ、むしろ、その手紙からは、思わず続きを読んでみたくなるような穏やかな余韻を感じ取ることが出来た。
 
きっと僕は誰かに対し、何かを伝えようとして手紙を出したのだと思う。恐らくその相手は、僕にとって比較的身近な存在、あるいは身近な存在であった誰かだ。僕は、その想いを無下にしてはいけない。たとえ、今は宛名と宛先が思い浮かばなくても、書き続けるうちに然るべき相手の姿がきっと見えてくるはずだ。 
 
仮に、手紙の相手のことを、僕は『あなた』と呼ぶことにする。別に『君』でも、『あんた』でもいいのだけど、今回のところは、『あなた』と呼ぶことにする。

宛名と宛先のない手紙

親愛なるあなたへ


お元気ですか。僕は元気です。ワルシャワはもう紅葉の季節も終盤に入り、細く冷たい雨脚が茜色に色づいた葉を石畳に落とし始めています。
ワルシャワに住んでもう丸2年。国立ショパン音楽大学での学業も終了し、最近は作曲や演奏活動に力を入れています。

今、この手紙をノヴィ・シフィアト通り(日本語に訳すると新世界通り)のカフェ・ヴィンセントで書いています。時刻は朝10時過ぎ、外は珍しく晴れ。まだ少し街全体に霧がかかっている。寒いけれど、空気が清澄で気持ち良いです。正直言って、この時期のワルシャワはちょっと苦手。重たい曇り空が昼間はずっと太陽を隠すし、夕方4時には夜がやって来て辺りを真っ暗にする。そんな日が続くと少し気が滅入ります。でも、12月に入れば、新世界通りから旧市街にかけてクリスマスのイルミネーションが夜を明るく照らしてくれるから、それがすごく待ち遠しい。

宛名と宛先のない手紙

ここのパニーニはとても美味しくって、だけど僕は特にポンチキが好きです。ポンチキっていうのは、ポーランドのドーナッツのようなもの。中にバラのジャムが入っていて、まわりは砂糖をたっぷりまぶしてある。ポーランドの風習にならって、四旬節(復活祭の前約40日)直前の木曜日(通称、油の木曜日)にだけ最近は食べることにしている。

もちろん、毎日食べたってかまわないのだけれど、一つ500キロカロリー近くあるから、そんなに食べると太っちゃう。友人のモニカは(彼女についてはまた話しますね)毎年その日に10個食べるらしいです。
油の木曜日だけは、ダイエットのことを忘れちゃうんだって。 

宛名と宛先のない手紙

書いている間に、男の子がお母さんにおねだりして、ポンチキを買っていきました。
やっぱり小さい子は甘いものが好きなんだね。
僕も小さい頃、ラクガンが大好きだった。よくお母さんにねだって買って貰ったっけ。
この前、日本にいる時にラクガンを買って食べてみたけれど、感動は無かった。どうしてだろう。あれだけ昔は大好きだったのに。

僕がポーランド行きを決めた時に、あなたは言ったよね、何の為に行くの? って。ピアノを勉強する為だよ、と僕は答えたけれど、本当は、自分自身を変えたかったのだと思う。でも、実際に遠く離れたポーランドで生活をしていると、変わりたいと思うより、自分のこの部分は変えたくない、と思うことの方が多い。不思議だよね。もしかしたら、自分の中の大切にしなくてはいけない肝心に、日本から離れてようやく気がつき始めたのかもしれない。

話が長くなっちゃった。また手紙書きますね。お元気で。


PS. ポーランドでも、柿はkakiと呼ぶらしいです。

Photography by Tatsuro Yokoyama

Posted by 横山 起朗

横山 起朗

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Tatsuro Yokoyama
ピアニスト。ワルシャワ在住。
武蔵野音楽大学、ポーランド国立ショパン音楽大学でピアノを学び、現在は、ワルシャワと東京と宮崎を拠点に音楽活動を行う。近年は、作曲家、ピアニストとしての活動と平行して、言葉と音楽を掛け合わせた作品の創作、随筆の執筆等、旺盛な活動を行う。昨年、短い文章と写真を添えたソロピアノのアルバムsolo piano 01:61を発売し、好評を博す。