PANORAMA STORIES
秋の気配 アクセントにクルミ香のチーズを添えて! Posted on 2018/10/03 久田 早苗 チーズ熟成士 パリ
まだ少し暑い日もありますが、朝晩は肌寒く、秋が近ずいて来る気配を感じませんか?
先日、フランスの南西部にあるドルドーニュというところに行って参りましたら、もう胡桃が大きく実を付けていました。パリにも胡桃の木は沢山ありますが、これ程大きい実を付けるのは、やはり胡桃の有名な産地だからこそ。
その胡桃の木を見て思い出しました。今でこそ、一般的になりましたが、個性的でとてもチャーミングなチーズ、Trappe d‘Echourgnac(トラップ デシャルナック)のことを。
歴史を遡り1868年。その頃、既にエシャルニャック修道院で、ポールサリューの様なチーズが修道士たちの手で作られていました。その後、修道院が閉鎖されると一旦そのチーズ作りは途絶えますが、1923年に再び、今度は、修道女たちによって作られる様になりました。
彼女たちは自ら牛の世話をする事はせず、牛乳を近所の農家から購入し、サイズもオリジナルより小さめの300gの円筒形を作り始めます。そして、なんとか、その土地を代表するチーズにしたいという願いが叶い、1999年には地元の胡桃リキュールで洗いながら熟成する事に成功しました。
私がこのチーズに出会ったのは、2000年の11月、ストラスブルグで開かれたGuildeのパーティでのこと。クロッシュと言う有名なチーズ屋さんの熟成士さんによって更に洗われ、キラキラと輝いて見えました。
大きなおぼんに、真っ黒い、他のチーズとは異質な色合いで登場しましたのでとても不思議な感覚でした。
チーズの組織はというと、とてもミルキーで、外皮は何度も胡桃酒で洗うため香ばしく、食感も柔らか過ぎず、硬すぎず、程よい口溶けで、ひと口食べた瞬間から虜になってしまいました。
まだパリには出回っていない、この名もないチーズ。でも、日本へ持って行ったらきっと売れるチーズになる! と直感が働き、早速、修道院まで出向き交渉に行きました。
そこで出会った当時の修道女さんのことは一生忘れられません。神の御加護により、チーズを作って生活し、神様にお仕えしている方々。値段交渉なんてもっての他だと感じ、諦めたことを今でも鮮明に覚えています。このチーズは地元で100%消費され、パリへも届きません。なので、当然ながら日本へも届かないのです……。
秋に入って、本家本元のエシャルニャックを久々に口に出来る季節です。現在では52トンも製造しているという事で、彼女らは出来上がったチーズを買って、リキュールで洗うだけになったとか。
地元生産農家も、リキュールで洗い熟成する修道院も潤って喜ばしい事だと思います。
<チーズ豆知識>
エシャルニャックは修道院生まれ。今も同じ名前で呼ばれていますが、元々は、ポールサリューと言う、やや柔らかめの、1.8kg、高さ5cm の円筒形のチーズがベースになっています。
作り手が修道士から修道女に変わり、チーズ作りにも変化が生まれました。ぜひ、献金を兼ねて、胡桃の香りが贅沢なエシャルニャックを味わってみてください。ビールともお番茶とも相性が良いですよ!
丹念に熟成されていますので、購入後も約一ヶ月美味しく召し上がれます。乾いてきたら、残り物のお酒でもいいので、濡らしてあげてくださいね。
Posted by 久田 早苗
久田 早苗
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チーズ熟成士 株式会社 久田 取締役 副社長。1985年、東京立川市にチーズ専門小売店「チーズ王国」1号店を開店。2004年にはパリ16区に「Fromagerie HISADA」、2010年にはパリ1区に熟成チーズの販売とチーズカフェを併設したSalon du Fromage HISADAをオープンする。2008年、日本人で初めてのチーズ熟成士最高位の称号「Maitre Fromager」を受勲。2013年にはフランス共和国農事功労賞シュヴァリエ勲位、2015 年にはフランス共和国農事功労賞オフィシエ勲位を綬章。