PANORAMA STORIES
フランス大統領選の行方次第でフランスの音楽が変わる? Posted on 2016/12/20 河井 留美 音楽プロデューサー パリ
クリスマス前、フランスではソワレまたはフェットと呼ばれるホームパーティーがそこかしこで頻繁に行われている。ウイットに富んだユーモア(時にはかなりブラック)溢れる会話で夜遅くまで盛り上がる。
最近の主題は来年5月の大統領選挙についてだ。
今年はイギリスのEU 離脱、アメリカの大統領選挙、イタリアの憲法改正の是非を問う国民投票に加え極右躍進のオーストリアやり直し大統領選挙と続き、欧州政治が大きな局面を迎え話題に事欠かなかった。
私のような音楽関係者が集まるフェットでは、大統領選挙の度に皆の感心を集めるテーマがある。それは国家予算の約1%を文化事業にあてるこの国が、文化を守り育てる為1936年に作ったIntermittents du spectacle(アンテルミタン・デュ・スペクタクル)と呼ばれる、映画、音楽、演劇などの関係者に対する保証制度についてである。
実はこの素晴らしい制度の存続が危ぶまれて久しいのだ。
アンテルミタンとは断続的と言う意味。
ミュージシャンらは収入が不安定な仕事なので、ツアーも撮影もない時期は失業保険の収入がこの制度によって保証されている。日本では考えられない、ミュージシャンらを擁護する画期的な法律なのである。
もちろん、フランスだけの制度である。
適用されるためには前年度に507時間以上の労働を証明する必要がある。
なので彼らは自分のアンテルミタン登録日を誕生日と呼び、その日までに必死になって507時間労働を証明する。
フランスに在住する人なら国籍を問わず誰にでも与えられる権利で、知り合いのブラジル人アーティストなどはこれを「アーティストパラダイス」法と呼んでいる。この制度の恩恵は計り知れない。
お金のことで悩んでいては、人を喜ばせる音楽は生み出せない、ということから始まった支援なのであろう。
しかし一方で1989年には5万人程度だった受給者が今では25万人以上に膨れ上がった。
そのため、失業保険の財源自体が厳しくなっている。
政権交代の度に最も存続が危ぶまれる制度でもある。
日本のアーティストがフランスでレコーディングを行なうと、ミュージシャンギャラの高さに仰天する方が多い。
実はミュージシャンの社会保障、年金等の費用は、ギャラが個人に渡る以前に既にプロデューサーの手元から徴収されている。一回のレコーディングで500ユーロのギャラを支払うためには、ほぼ倍額1000ユーロを用意し、半分をミュージシャンの社会保障、年金等に支払わなければならない。
私のような音楽プロデューサーにとっては大変な制度でもあるのだが、しかし、愛するミュージシャンのために私はこの制度の存続を願っている。
一方で、フランスのミュージシャンはこの制度につかり切って働かなくなって質が落ちた、と言う意見もある。
けれども私は、この制度のお陰で商業主義一辺倒ではないフランス「文化」が存在していることを知っている。
フランスの独特の音楽観は実はこの制度が生み出したものかもしれない。
だから、フランスのミュージシャンたちは来年の大統領選挙の行方が気になっている。
今夜もどこかで彼らはユーモアを交え盛り上がっているはずだ。
Posted by 河井 留美
河井 留美
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音楽プロデューサー。1990年代よりフランス音楽に携わり、クレモンティーヌ、カーラ・ブルーニ、シルヴィ・ヴァルタンなどを日本に紹介する。最近では日本のアーティストのヨーロッパ公演のコーディネートも多数。