PANORAMA STORIES
フランス語の輪郭「せぱぐらーぶ」 Posted on 2020/01/17 辻 仁成 作家 パリ
フランス語を話したいという人が多いのだけど、フランス語は難しい。それは確かだけれど、でも、ちょっと話せるようになると、この言語のかわいらしさ、人間味、面白さがわかって、楽しくなる。フランス語を学ぶことでフランスを知る「フランス語の輪郭」。今回は、たいしたことじゃないよ、という常套句について。これ、実はとってもフランス語人的な表現なのだ。
C’est pas grave.(せぱぐらーぶ)
大したことないよ、という意味。
大変だ、とか、深刻なことだという意味を持つC’est grave(せぐらーぶ)の否定形である。
フランス語を否定形にするには動詞の前後にneとpasをつけなければならないので、ほんとうは、Ce n’est pas grave.(すねぱぐらーぶ)なのだけど、話し言葉ではそのneを省略して「せぱぐらーぶ」ということが多い。
荷物がぶつかり「ぱーどん」(すみません)と謝れば、「せぱぐらーぶ」(気にしないで)とかえってくる。
子供がお菓子を落として泣いていたら、「せぱぐらーぶ」(大したことじゃないよ)。
落ち込んでいる理由を聞かれたら、とりあえず「せぱぐらーぶ」(大丈夫です)で切り抜ける。
日本でだったらけっこう大したことでも「せぱぐらーぶ」で片付けてしまうのがフランス。
ごめん、待ち合わせに1時間遅れます!、「せぱぐらーぶ」
この商品の賞味期限切れてるんですけど・・・、「せぱぐらーぶ!」
縦列駐車で前の車にちょっと車がぶつかっちゃっても、「せぱぐらーぶ!」
なにかあっても、命に関わるようなことではない限り、だいたい、せぱぐらーぶ。
逆に、フランス人がC’est grave.「せぐらーぶ」(大変だ)と言っていたらほんとうに重大なことが起きているということ。まじ、滅多にきかないだけに、言われるとびっくりしてしまう。
そういえば、カフェでギャルソンにで一度、マダムに間違えられて…。髪が長いし、小柄だからね。ぼくはムッシュだよ、と抗議したら、そのギャルソンが肩を竦めて、せぱぐらーぶ、と言ったことがあった。その時は、???、と思わず首を傾げてしまったのだけれど。こんな使い方もあるのか…。
すべてひっくるめて、人生は、
「せぱぐらーぶ」
Posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。