PANORAMA STORIES
名門パブリックスクールも、エキセントリックが英国流 Posted on 2017/08/31 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン
全寮制男子校のイートン校は、作家ジョージ・ウォーエルや歴代首相19人を生み出した英国随一のパブリックスクールで、近年ではウィリアム王子とハリー王子、それに俳優エディ・レッドメインもここに学びました。
15世紀創立以来、英国王ジョージ3世の葬儀の際の喪服に由来するという制服、独特の球技を行う習慣など、イートン校はユニークな伝統を培っていることが有名ですが、厳しい校則のおかげもあり、その実態はあまり外部に知られていません。
しかし、1950年代末には在校生が寄宿舎の自室でフクロウを育てたという逸話があり、ジョナサン・フランクリンというこの少年が在学中に書いた手記『イートン校の2羽のフクロウ』は、当時のベストセラーになりました。
イートン校の生活が在校生の視点から描かれていて、英国流エリート教育の舞台裏を垣間見られる貴重な本です。初版から半世紀以上を経て再版され、著者は再び時の人になりました。
翻訳を私が手がけ、先ごろ日本語版も出版されています。
ジョナサン少年は春休みに孤児の赤ちゃんフクロウ2羽を保護して飼い始め、イートン校に連れて行きます。
著者の同級生で友人のサイモン・ラドクリフ氏によるイラストが、その茶目っ気たっぷりな様子をよくとらえています。『鏡の国のアリス』に登場するふたりの小男にちなんでダムとディーと名付けられたフクロウたちは、イートン校の少年たちの間で大人気となり、ジョナサン少年の部屋には、えさとなる虫やネズミ、コスズメなどの贈り物が次々と届けられました。フクロウたちのいたずらぶりはすさまじく、ジョナサン少年が宿題をしているとペンめがけて飛びかかり、ノートにインクの足跡を付けます。
そこに少年は「ディーより愛を込めて」「ダムがよろしくと言っています」と書き添えて言い訳にしたといいますから、冗談が通じる先生だったようです。寄宿舎の舎監も協力的で、一度は夜ふけに庭に迷い出たフクロウを自らはしごやモップを駆使して連れ戻してくれたうえ、消灯後にろうそくの灯りでフクロウに関する手記を執筆するよう励ましてくれました。
少年は2羽を懸命に育て上げ、ネズミにひもを付けて狩猟の練習をさせ、ついには野生に還すことに成功します。
野鳥好きな少年が「それまで見た中で最も醜い」と思ったという無力な羽毛の塊のようなヒナたちが、「知恵の象徴」の名にふさわしい成鳥となって暗闇に飛び立つまでの変貌ぶりは見事です。
フクロウ版「醜いアヒルの子」ともいえるこのお話。そのハッピーエンドでフクロウとともに羽ばたいたのは、育てた少年自身でした。13歳の入学当時、燕尾服に白い蝶ネクタイという制服に身を包みながら「小さなたわいもない存在」だと感じていた少年。在学中はクラリネットの演奏やスポーツに励み、貴重な蔵書を誇る図書館に入り浸り、そして最終学年には勉強そっちのけでフクロウの世話に明け暮れました。
成績はふるわなかったものの、フクロウ飼育の顛末を描いた手記がベストセラーになり、校長先生に昼食に招かれます。卒業後はフランス留学を経てブラジルに移住、現地女性と結婚。アマゾンで農場を開拓し、マラリアや現地住民との争い、離婚などの試練を経験しながら、事業を成功させました。
今日の著者ジョナサン氏は再婚して故郷のサフォークに戻り、ディーとダムが自然に帰った森に囲まれ、静かに暮らしています。彼がフクロウたちの声を聞きながらワインのグラスを傾け、イートン校時代を振り返って称えるのは「エキセントリックであることを許し、少年たちが情熱を追求することを奨励する」という母校の校風です。
いばらの道を選んででも自分らしさを貫き、ユーモアで苦難を乗り切り、無難な成功よりもエキセントリックであることを尊ぶ。それは、この国の文学や演劇、映画、音楽、アート、ファッションを生み出す原動力ともなってきた英国流哲学です。名門パブリックスクールの教育方針も例外ではないことに、この国の底力を感じます――などとイギリス人に言ったら、英語の慣用表現で「まるでフクロウみたいに酔っぱらっておいでですね」と切り返されそうですが。
Posted by 清水 玲奈
清水 玲奈
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ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。