PANORAMA STORIES
モンテッソーリに学ぶ、平和のためにできること Posted on 2017/06/28 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン
2歳の娘はこの春から、近所のモンテッソーリ幼稚園に通っています。モンテッソーリ教育法は、イタリア人女性医師マリア・モンテッソーリ(1870年―1952年)が20世紀初頭、障害児教育や、ローマのスラム街での保育の体験から編み出しました。
イギリスには、1912年に海外初のモンテッソーリ協会が作られて以来の長い歴史があり、多数の幼稚園がこの教育法を掲げています。
その基本は、子どもをよく観察し、自分でやりたいという意志や秩序を求める心を尊重し、きちんとお手本を示して、適切な環境と自由を与えることで、子どもがうちに秘めている力を伸ばすという考え方です。
園の室内には教具と呼ばれるおもちゃや絵本、子どもサイズの家事の道具が整然と並び、園庭へのドアは開け放たれ、2歳~4歳の子どもたちがそこで「放し飼い」。好きなコーナーで、その時に興味がわいたもので遊びます。
また、料理やアート、演劇、ヨガ、それに園庭の木立で「森の学校」と呼ばれる授業も行われますが、いずれも自由参加です。
一番のちびで英語を話さない娘は、かなりマイペースに楽しんでいる様子。子どもたちが好きな楽器を取り出して合奏する音楽の時間には、娘は楽器を選ばずひとりで踊っているそうです。
また、演劇の先生がストーリーの説明を始めると、隅にある小さなソファに勝手に移動して絵本をめくっているとか。「独立心があってすばらしい」と、娘の担当であるイタリア人のアンナ先生はポジティブ。
自ら小学生の息子をイタリア語で子育てしている先生は文化の違いにも寛容で、娘に英会話を教え込む必要はないと言い、朝は自然に「チャオ、ブオンジョルノ!」とあいさつ、そして自分も「かあちゃん」「おやつ」などの日本語を覚えてくれました。
6月のある金曜日、いつものように迎えに行くと、娘は色紙に立体的なお花をあしらった手作りカードを手に
「これ、かべにかざろうね」と興奮気味。
カードを開くと、娘の印であるリスのスタンプとともに、先生の手書きで「私のマミーに」との文字。
父の日のカード作りで、母子家庭の私たちに先生が見せた気遣いのさりげなさは見事でした。
アンナ先生の大先輩であるマリア・モンテッソーリは、教育者であるとともに平和活動家でもありました。
大戦の足音が近づく1930年代にはファシズムを逃れてオランダに移住し、ヨーロッパ各地の講演で「教育は平和のための最善の武器」と訴えました。「子どもが適切な環境で、健全な魂、強い心と知性を発達させて成長すれば、道徳的に殺人を許せず、戦争ではない解決法を知性によって見出す大人になれる」というのが信念でした。
その後もインド各地で教師養成に当たり、ガンジーとも交流するなど、1952年に亡くなるまで精力的に活動、ノーベル平和賞に3回ノミネートされました。
墓碑には「愛する全能の子どもたちよ、人類と世界平和のために、ともに力を尽くそう」と刻まれています。
イギリスでは最近、暴力による悲劇が続いています。ロンドン・バラ・マーケットでのテロ実行犯のひとり、ユセフ・ザグバ容疑者(22)の母親は、BBCの取材に応じ、息子が暗い顔をしていたと振り返ります。そして、「息子の死を悲しむことさえ恥ずかしい」と苦しい胸の内を明かしながら、「若者にもっと教育が必要」と訴えました。
私の友人で3人の子どもを女手一つで育てたイギリス人女性アンジェラは、「若者は、人生を楽しめないからこそ自爆テロに走る」と嘆きます。
モンテッソーリが掲げた世界平和の理想は、まだ実現していません。でも、子どもたちに「世界が美しい場所で、人間が善き存在である」と信じてもらい、自分で考え、人生を楽しむ力を身に着けてもらうこと。それが、だれもが自分と他の人たちの個性や文化、そして命を大切にできる世の中への第一歩であることは間違いありません。
「子どもの誕生が親たちの愛と善と美を覚醒する」とも述べたモンテッソーリに勇気を得て、私も世界の片隅で、ひとりの大人として、子どもたちの幸せのために努力しなくてはと思うのです。
Posted by 清水 玲奈
清水 玲奈
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ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。