PANORAMA STORIES

コロナに明け暮れた一年生の終わりに、オオカミをやっつけるあかずきんの絵本をもらった Posted on 2021/07/23 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン

ロンドンの小学校に通う娘は、今日から夏休みだ。
秋からは新学年になる。こちらの学校では終業式はないけれど、一年生の最後に学校から絵本をもらってきた。学校のニュースレターに校長先生が寄せたメッセージによれば、「この1年間、困難に負けずにがんばったごほうびとして、全員に本を配ることにした。(コロナウイルスの規制で)自主隔離中の子は、9月に本を渡す」という。娘の学校は学費無料の公立校だけれどNPOが運営する「アカデミー」というカテゴリーの学校なので、母体のNPOからの予算がついたらしい。
娘がもらってきた本の表紙の内側には、学校の校章入り便箋の手紙が貼られていた。子どもの名前と、こんなメッセージが書かれている。
「誰にとっても大変な1年間でしたが、あなたは勇気をもって努力し続けました。私たちはとても誇りに思っています。そのしるしとして、ささやかなプレゼントを贈ります。この本を楽しんでもらえることを願っています。2021年7月」
というわけで、一年生全員が今ごろ読んでいる絵本が、ベサン・ウルヴィン作『リトルレッド あたらしい あかずきんの おはなし』だ。
あかずきんは、お母さんに渡されたケーキを持って、おばあさんの家に向かう。一方で、オオカミはおばあさんを食べ、めがねや寝巻きで仮装をして待ち構えている。ここまでは、みんなが知っているおとぎばなしと同じ。でも、その後のあかずきんは、思わぬ行動をとる。家の外から異変に気づき、それでも果敢に家に乗り込み、きこりの助けを借りることもなくオオカミをやっつけるのだ。そして、救い出したおばあさんと二人でお茶の時間を楽しむというストーリー。
最初に娘と読んだときは、あっさりオオカミを殺すあかずきんにちょっとぎょっとさせられた。でも、運命を自分の手で変え、困難な状況を知恵と勇気を発揮するチャンスにした少女の物語は、今の時代の一年生にぴったりなのだ。

コロナに明け暮れた一年生の終わりに、オオカミをやっつけるあかずきんの絵本をもらった



地球カレッジ

イギリスでは大幅に規制が緩和されている。テニスのウィンブルドン大会やサッカーの欧州選手権などの大型イベントも、数万人の観客を入れて行われた。一方で、学校では厳しい感染対策が引き続き行われた。その結果、全国の学校で、陽性者が出たことを理由にクラス全体が学級閉鎖になるケースが相次いだ。夏休みを前にした先週のデータでは、イングランドの小学生の17%、中学生・高校生の32%が登校していない。
娘の学校でも、一般の規制の廃止後も学校行事が軒並み中止された。クラスの集合写真の撮影も、多民族のロンドンらしいイベント「インターナショナルウィーク」も行われなかった。それでも幸い学級閉鎖になることはなく、娘は「皆勤賞をもらう」ことを目標に、1年間の無遅刻無欠席を達成した。しかし、通知表には、昨年度に続き今年も「コロナウイルスの影響により出席率は評価しない」との断り書きがあった。

コロナに明け暮れた一年生の終わりに、オオカミをやっつけるあかずきんの絵本をもらった



一方で、担任の先生は、通知表の「教師の一言」欄に、「レジリエンス(立ち直る力)を生かしてこれからも成長してほしい」と書いてくれた。
「レジリエンス」というのはパンデミックをきっかけによく聞かれるようになったキーワードだ。イングランド公衆衛生庁が今年5月に発表した子どもの精神の健康に関する報告書によれば「レジリエンスとは逆境から跳ね返る力のこと」。2000年には5〜16歳の子どもの16%が何らかの精神的な問題を抱えていて、これは2017年の10.8%から大幅に上昇した。解決の鍵を握るのは、家族や学校、コミュニティーが子どもたちを注意深くサポートし、自らのレジリエンスを育てることだ。それが、子どもたちが人生や学校で体験するさまざまな困難を克服する原動力になる。
前向きにとらえれば、子どもたちは不自由を強いられたからこそ、パンデミックのおかげで培ったレジリエンスを生かして、前の世代を超えて成長できるチャンスがある。一年生は、どんなにがんばっても皆勤賞はもらえなかったけれど、素敵な絵本をもらった。これを読んだ一年生の全員は、きっと現代版あかずきんに負けないくらいレジリエンスを発揮できる二年生になって、秋の新学期を迎えることだろう。

コロナに明け暮れた一年生の終わりに、オオカミをやっつけるあかずきんの絵本をもらった

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Posted by 清水 玲奈

清水 玲奈

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Reina Shimizu
ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。