PANORAMA STORIES
エリザベス女王のメッセージと復活祭 Posted on 2020/04/09 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン
イギリスのエリザベス女王は4月5日、国民に向けた異例のビデオメッセージを発表した。
医療や必須事業に従事する人、ロックダウンに協力するすべての人に感謝し、「未来の人たちは、この世代のイギリス人はとても強かったと言うでしょう。自律、静かで優れたユーモアに基づく決意と仲間意識が、今もこの国の特長であるように」と女王は語りかけた。そして医師や看護士に拍手を送った国民と、虹の絵で感謝を示した子どもたちをたたえた。
さらに、1940年、女王が初めてテレビ出演し、ウィンザー城から疎開中の子どもたちに語りかけたことについて触れ、家族でも同居していなければ会えない今の状況と引き比べた。同時に、今回の危機が今までとは違い、世界が一丸となっての闘いであり、科学と思いやりによって克服できると断言した。「もっと良い日が戻ってきます。家族にまた会えます。お友だちにまた会えます。また会いましょう」と締め括った。このメッセージは復活祭(4月12日)に放映される予定だったが、国民へのインパクトを高めるために早められたという。
復活祭は、十字架にかけられて処刑されたイエスキリストが復活したことを祝う祝日だ。多産と豊穣を表す卵やウサギが象徴となっている。イギリスでは宗教行事の枠を超えて、生命が活気づく春を祝福するイベントとして親しまれている。毎年「春分の日の後の満月の後の日曜日」がイースターサンデー、復活祭当日だ。イギリスでは、その前の金曜日、グッドフライデーから週明けの月曜日、イースターマンデーまでが連休で、学校は前後3週間ほどがイースターホリデーになる。ふだんなら家族や親戚が集い、子羊のローストや、ホットクロスバンズと呼ばれる十字架の模様のついたドライフルーツ入りパンを食べる。そして、子どもたちは卵形のチョコレートを庭や公園で見つけるイースターエッグハントをする習慣がある。
しかし、今のイギリスはソーシャル・ディスタンシング(社会的隔離)とセルフ・アイソレーション(自己隔離)を実行中。女王もフィリップ殿下とともにウィンザー城で過ごしていて、今回のスピーチは防護服を着たカメラマン1人によって撮影された。スピーチでは、コロナウイルスに感染して治癒した息子のチャールズ皇太子に言及することはなかったが、B B Cの解説によれば、94歳の女王はテクノロジーに強く、子どもや孫、ひ孫ともオンラインで連絡を取り合っているという。
いつものようにきりりとした姿勢の女王は、エメラルドグリーンのドレスに、ターコイズのブローチとパールのネックレスをつけていた。その色合いは、春本番を迎えつつあるイギリスの新緑の緑、そして気まぐれな青空と白い雲を思わせる。
イギリスでは運動のための外出は認められている。私たち母娘は、キツネや小鳥の鳴き声とともに起き、人出の少ない朝のうちに公園に出かける。ランニングや自転車で体を動かし、木々の新緑や花、その向こうの空を眺めていると、心も体も癒される。このところ暖かくなって、八重桜が五分咲きとなり、マロニエやカシの木が芽吹き、草の上にはひなぎくがかれんな花を咲かせている 。
そんな景色を眺めつつ、娘とキックボードを並べて走っていると、ひとりウォーキング中のママ友に会った。隣のクラスのイリアくんのお母さんだ。娘とイリアくんはふたりとも、毎朝一番乗りで教室に走っていくので、母親どうしも自然と挨拶するようになった。2メートル以上の距離を保ったまま、私たちは近況を語り合った。「息子はあと何日で学校なの? とばかり聞いてきて困っている」と、イリアくんのお母さんは苦笑いした。
別れてから、「やっぱり学校に行けなくてさびしい?」と娘に聞くと、「私は女王様の言いつけを守るから大丈夫。お友だちにまた会えますって言っていたでしょう」と、たしなめられた。まさにクイーン・イングリッシュのはっきりした発音と平易な言葉で語られるメッセージは娘にもわかりやすかったようだ。
家に帰って、ゆで卵にお絵かきをした。学校の先生からメールで送られてきた「イースター・ニュースレター」の中にあったアクティビティーだ。カラフルな卵のイラストで彩られたそのニュースレターには、休校になる直前、「ワールド・ブック・デー」のイベントで、好きな本の登場人物に仮装した子どもたちの集合写真も掲載されていた。絵本『アンジェリーナはバレリーナ』にちなんでバレエ好きのネズミの格好をした娘は、一番前の列で、スーパーマンらしき仮装の仲良しのオーマーくんと見つめあっている。
いつもと違って家で静かに過ごす今年の復活祭は、女王が約束した「もっと良い日々」の「復活」について、思いめぐらせる時になるだろう。学校に行ける日々、友だちと会える日々は、必ずまたやってくる。冬の後には、必ず春がやってくるように。
Posted by 清水 玲奈
清水 玲奈
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ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。