PANORAMA STORIES

ロックダウンの楽しみ方 Posted on 2020/03/27 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン

「We are all in this together(全員が一緒に取り組もう)」がスローガンとして聞かれるようになったイギリスでは現在、ロックダウンといってもそれほど厳しくはなく、ランニングやウォーキング、食品・必需品の買い物などでの外出は許されている。ただし、同居家族以外の人とは2メートルの「ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離を取ること)」が求められる。
 

ロックダウンの楽しみ方

誰かと道ですれ違うとき、人数制限のある店の前で待つときなど、互いの動きとスペースを目測し、自分の動きを決める。少なくとも、西ロンドンで私が暮らす地区の人たちは、かなり真面目にこれを実行している。ウイルスへの戦いに挑む仲間どうしであることを確認し合うジェスチャーでもある。互いに距離を取ることで、コミュニティーとして連帯感が生まれてくるのが面白い。
「ソーシャル・ディスタンシング」とは響きがソーシャル・ダンスみたいだと、初めて聞いたときに思った。実際、外出の際に娘の手を引きながらやってみると、ダンスフロアで何組ものダンサーがぶつからないように注意しながら踊るのと似ている。以前アルゼンチンタンゴをやっていた頃、先生が「フロア全体の動きを意識して、パートナーだけではなく他のダンサー全員と一緒に踊るのが、上手なダンサーだ」と言っていたのを思い出した。
 



ロックダウンの楽しみ方

さて、今週から休校となり、わが家では同時にホームスクーリング生活もスタートした。はるか昔の学生の頃よく小学生の家庭教師をしていたので小さい子に教えるのは好きだが、自分の子となると4歳児は手強い。隙間時間に仕事をしようとする私を快く思わない娘は、リビングの私の机の脇に「ノー・マミー・イン・ヒア」(お母ちゃん立ち入り禁止)という張り紙をした。夜明け前に起きて仕事をし、その後は集中して娘と向き合うしかない。
 

ロックダウンの楽しみ方

朝ごはんとピアノの朝練の後、人出が少ないうちに近所の広い公園に行く。私はこの機会に練習しようと自分用のキックボードを買っておいたので、乗り慣れている娘に特訓してもらっている。ランナーの集い「パークラン」は中止になっているが、日曜日には独自にランニングもしようと話している。
 

ロックダウンの楽しみ方

公園では、バレエ教室で娘と一緒のジュリアが、おばあちゃんに連れられて自転車の練習をしているところに遭遇した。ジュリアは歓声を上げて、娘の名前を呼びながら近づこうとしたが、おばあちゃんは見事にささっと孫娘を軌道修正し、ニアミスを回避した。道の一番向こう側を走って行くジュリアたちに、私たちはすれ違う間、大げさな笑顔で手を振って友情を示した。
 

ロックダウンの楽しみ方

家に帰ったら、先生に渡されたリストの中から家庭学習のタスクをこなす。リストは「算数」「読み書き」「トピック」の3つの柱があり、それぞれに20項目が用意されていて、一日に一つずつ選ぶ。「トピック」は、「自分で着替え/ベッドメークをしましょう」「家事をしましょう」「料理をしてその材料について話しましょう」と、生活全般にわたる。自分のことやお手伝いをしてくれるのは助かるし、これを機に自立への道を歩み始めてくれたら何よりだ。料理を一緒に楽しめば、おやつやごはんの準備にもなる。これまで、イギリスでは3月に祝う母の日のケーキ作り、サラダの水切り、グリッシーニ作りなどをした。
 

ロックダウンの楽しみ方

わが家ではさらに、英語のためにお預けになっていたひらがなとカタカナの練習も再開した。バイリンガル家庭にとって母国語の維持は大きな課題。英語に慣れてきたこのタイミングで日本語をブラッシュアップする時間が取れたのは、思いがけない収穫だ。お昼ごはんの後は、DVDを見ながら親子でバレエの練習。
このようにぎっしりスケジュールをこなして、一緒に絵本を読んでいると娘は順調に昼寝をしてくれる。それからの3時間が、私の貴重な仕事時間だ。夕方からまた娘とたっぷり付き合い、夜は一緒にろうそくのあかりでヨガをして早寝する。
もうひとつ重要な日課になったのが、家庭学習リストの最初にあったオリジナルの絵本作りだ。私が紙とホチキスで6ページの白い本を作って渡すと、娘は夢中になってお話と絵をかきこむ。最新作のタイトルは「お母ちゃん」。
 

ロックダウンの楽しみ方

「お母ちゃんはお仕事をたくさんします。私はそれが嫌です。一緒にヨガをしました」という内容だ。表紙には通し番号、裏表紙には日付を書く。毎日1冊ずつ、作品が増えている。無人島に流されたロビンソン・クルーソーが、毎日、柱にナイフで印を刻んだように。
ロックダウンは無人島ごっこのようだと思えば、そう悪いものでもない。早くここから脱出できることを祈りつつ、工夫を重ね、非日常を楽しむことを母娘で誓いあった。
 



Posted by 清水 玲奈

清水 玲奈

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Reina Shimizu
ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。