PANORAMA STORIES
休校を前に、子どもたちが学校から持ち帰ったもの Posted on 2020/03/24 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン
イギリス政府は23日夜、「食品・必需品の買い物」「治療を受けるため」「1日1回の運動」「どうしても必要な通勤」以外の外出を禁止する命令を出した。それに先駆けて、医療スタッフの子どもなどを除き、学校は休校となった。
私たち母子家庭にとって、休校は大打撃。何より、娘は学校が大好きだ。私たちは「絶対に風邪を引かず、皆勤賞をとる」という目標を掲げ、大好きな博物館や美術館へのお出かけを我慢し、手洗いに励み、健康でいる努力をしてきた。
休校の発表があったのは先週水曜日の夕方で、その日の朝、私はいつものように、学校の図書室で娘の学年「レセプション」の子どもたちに本を貸し出すボランティアをした。
図書室ボランティアは私にとって楽しみなひと時だった。無犯罪証明書を取り寄せて提出し、守秘義務などの誓約書にサインをして、めでたく採用されたときはうれしかった。
学校に娘を送り出したあと、まだ早すぎるのだが誰もいない図書室に行き、絵本や児童文学の本を眺め、どこかの教室から聞こえてくる子どもたちの歌声を聞きながら、ひとり過ごすのも好きだった。
30分後、もう1人のボランティアのお母さんがやってきて、おしゃべりしながら、カウンターで待つ。やがて、先生に連れられて子どもたちが姿を現す。子どもは先週借りた本を返し、新しい本を絵本の棚から自分で選んで借りる。備え付けの貸し出しノートと、子どもが持ってくる個人の読書記録ノートに、本の題名と日付を書くのがボランティアの役割だ。子どもたちはおしゃべりもせず真剣に本を選び、本を手にカウンターにやってくる。その様子を眺めるのも、学校では借りてきた猫のようにおとなしい娘の姿を垣間見るのも、ボランティアの特権だ。娘と同学年の子どもたち60 人の顔と名前、そしてそれぞれの読書傾向が頭に入ってくると、子どもたちと本について言葉をかわす余裕も出てきた。
そしてカウントダウンが始まった先週。すでに学校を休む子が半数近くいた。「感染を心配して子どもを休ませている」という声や、休校を求める署名のリンクが、WhatsAppの保護者グループ内で飛び交っていた。いつもボランティア仲間だったお母さんは「今回は行けない、ごめんね」というメッセージを送ってきた。
沈みゆくタイタニック号の船内のような空気の中、私はいつものように図書室にいた。先生が顔をのぞかせ、「今日はひとり? でもどうせ子どもも半分しかいないから」と、力ない笑顔で言った。とはいえ相棒がいないので忙しかったが、私は自分の心の平和のために、丁寧に作業をこなした。一人ひとりに名前で呼びかけ、「本を楽しんでね」と図書室から送り出した。
最後に、先生とずっと話しあっていたアンバーという白人の女の子が、白雪姫の絵本を手に急いでカウンターにやってきた。私がノートに題名を書こうとすると、先生に止められた。お母さんから「お姫様の本ばかり借りてくるので、動物の本にするように」と言付けがあったという。アンバーは「でもこの本は動物も出てくるから」と食い下がり、白雪姫のような大きな青い目に大粒の涙を浮かべて泣き出した。私はアンバーに向かって「泣かないで。本は楽しまなくちゃ」と言い、「確かに表紙にリスもウサギも小鳥も描いてある」と弁護した。そのやりとりを聞いていた先生は、「お母さんには私から説明しておく」と言ってくれた。
私は、図書室では子どもが自由に本を選ぶことで読書の楽しさを知ることが一番大切だと考えている。一方で私たち母娘は、本の趣味がほぼ一致しているのがありがたい。その晩、学校がしばらくお休みになると娘に告げてから、図書室で娘が借りた絵本『The Bumblebear』を一緒に読んだ。
クマがはちみつを手に入れるために、ミツバチのふりをしてミツバチ小学校に入るというお話だった。クマはみんなの人気者になるが、正体がばれて追い出される。でも、結局は味方だと認められ、「また学校に戻れた」というハッピーエンドで終わる。学校に行けなくなった子どもたちのことを思い、私はしんみりしてしまった。でも娘は、気に入った本がずっと借りられることを喜んでいるようで、そのことに慰められた。
休校前、最後の金曜日。娘の担任の先生は、いつもの握手の代わりに「ビッグ・スマイル」と呼びかけ、子どもたちと笑顔を交わして送り出し、「すぐにまた会えることを期待しましょう」と付け加えた。校庭では、父兄に花束をもらって涙ぐんでいる先生もいた。
娘は休校を前に、家庭学習の内容を記したリストとともに、教室の窓辺で種から育てていた小さな鉢植えと、イースター行事「エッグハント」で校庭で見つけるはずだった卵形のチョコレートをもらってきた。図書室の本とともに、長い春休み、娘の大切な友だちになってくれるだろう。アンバーも、白雪姫の絵本を楽しんでくれていることを願う。今度また、図書室で会える日まで。
Posted by 清水 玲奈
清水 玲奈
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ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。