PANORAMA STORIES
日本とこんなに違う、イギリスの通知表 Posted on 2020/02/03 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン
昨秋小学生になった4歳の娘が、先週、小学校の最初の学年「レセプション」の中間報告となる通知表を渡された。封筒には「親・保護者へ」と印刷されていたが、もちろん本人は興味津々で、迎えに行くなり「読んで」と待ちきれない様子。家に着いて親子で封筒を開けると、A4のコピー用紙に3ページにわたってぎっしりと印刷された通知表が出てきた。
最初は出席率と無遅刻率で、わが子は両方100%。「96%以上なら、教育の大きな助けになっています」と書かれている。続いて、担任の先生によるコメントだ。いきなり「聡明(bright)」で「知的(intelligent)」とある。賢さや頭のよさを示す単語が様々ある中で、これらは生まれつきの知能の高さを表す。先生が子どもについて「頭がいい」と言い切るとは予想外だった。イギリスの学校は、子どもを習熟度で分けて学習内容を変える。子どもの知能の評価も辞さないということだろうか。娘は大喜びだったが、親としてはつい裏を読み、「本当は頭がいいのだから、もっとがんばって」というプレッシャーを感じた。
「入学当初から大きく進歩した」と読むと、娘はさらににっこり。でも親としては「最初がいかに大変だったか」という先生の悲痛な叫びを感じてしまう。入学当時、全く英語ができない娘のために、先生は「Mizu-Water」などと書かれた対訳表をI Dカードと一緒に首から下げて対応してくれた。娘は物怖じしない性格が裏目に出て、初めのうちは迎えに行くと先生におとがめを受けることがあった。「話を聞くべきときに鼻歌を歌っている」とか、「お片づけの時間だと言っているのに、笑ってばかり」とか。先生に呼び止められるたびに「今度は何をしでかしたか」とはらはらしたものだ。
コメントの後に続く達成度レポートは、イギリスのカリキュラムで定められた7分野「私的、社会的、感情的発達」「コミュニケーションと言語」「身体的発達」「識字」「数学」「世界の理解」「表現芸術とデザイン」を網羅している。各分野はさらに数項目ずつに分かれ、極小のフォントで2ページにわたり、月齢平均を目安に達成度と目標が示される。たとえば「コミュニケーションと言語」の「聞く1」は、現在の娘は「小さなグループで周りの意見が聞ける」(月齢54か月)、次の目標は「他の人の話を聞く時に注意力と集中力を維持できる」(月齢60か月)といった具合だ。項目によっては、実態との違いを感じた。インターネットで親たちが意見交換するフォーラムを見ても、評価に違和感を感じる親は少なくない。先生が学校での子どもを観察した記録で、見落としもあるようだ。「そもそも4、5歳児の成績を評価することに無理がある」という意見もある。
さて、娘のモンテッソーリ幼稚園で担任だったイタリア人のアンナ先生は、今ではすっかり家族ぐるみの友人になった。「通知表が見たいから」と家に来たアンナ先生を迎えると、娘は飾ったばかりの小さなお雛様を指差して、「これはおばあちゃんのプレゼント」と英語で説明した。先生は娘の英語を聞いたのはこれが初めてだと、感激して「アモーレ」と言って抱き上げ、おでこにキスした。通知表のコメントには、今後のアドバイスとして「自分の考えを膨らませて英語できちんと伝えられるように、親は機会があるごとに単語を教え、お手本となる文を言ってください」とあった。「自分の言いたいことを伝えたい」という気持ちこそが、語学の基本なのだ。
入学当初「全然英語ができないと指摘された」と訴えると、アンナ先生はただ「本当はわかっているはず」と言った。私は自分の不精を棚に上げてそののんきさにあきれたが、娘とアンナ先生は意思疎通に困っていなかったのだろう。娘によれば「幼稚園と小学校の違いは、先生が抱っこしてくれるかどうか」。アンナ先生にたっぷりハグやキスをしてもらったおかげで、自己肯定感と人懐こさ、そして非言語コミュニケーションでは誰にも負けない子に育った。英語もできないのに(!)学校にすぐ溶け込めたのだってそのおかげだから、語学よりも大切なものを教えてもらったのだ。
さて、アンナ先生は興味深げに通知表を読みながら担任の先生の名前に目を止め、「そういえば少し前に、この先生がうちの園を見にきた」とのこと。娘をほめていたらしいが、きっと「聡明」な子が2年半も幼稚園に通いながら英語ができなかった理由を探りに行ったのだろうと、親としてはまたも勘ぐっている。
通知表は、裏をかけば切りがないが、素直に読めばおほめの言葉ばかり。本人は大満足だった。思えば私自身は、小学一年生の通知表に「動作がのろい」と書かれたのがトラウマになった。おかげでマイペースな人生を歩めたとも言えるのだけれど。娘は、人生初の通知表を振り返って、どんな感慨を持つようになるのだろうか。
Posted by 清水 玲奈
清水 玲奈
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ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。