PANORAMA STORIES
メーガンの王室離脱は人種差別なのか Posted on 2020/01/24 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン
私が5年前の春に出産したのは、ロンドンのセントメアリー病院。シャンパン付きディナーも楽しめる王室御用達の産院として有名だ。私がお世話になったのは、同じ病院でも国民医療サービスによる無料病棟だが、それでも「女王のひ孫を取り上げるお医者さんたちですから、安心して」と助産婦さんに言われた。
私が産後を過ごした4人部屋はロンドンの多人種社会を反映し、アフリカ系やアジア系の母子ばかりで、聞いたこともないような外国語が飛び交っていた。日本から手伝いに来た母は、「居心地がいいように移民どうし一緒の部屋にしてくれたのかと思った」と言った。
私が退院する頃、同病院ではキャサリン妃が第2子を出産間近で、報道陣がテントを張っていた。1週間後、シャーロット妃が誕生すると、その日のうちに完璧なヘアメイクのキャサリン妃が登場し、カメラに笑顔を見せた。産後の私は疲労のあまり、泣き叫ぶ我が子を脇に熟睡していて、看護士さんに起こされたというのに。ニュースを見ながら、ヴェルサイユ宮殿でマリー・アントワネットが公開出産した逸話を思い出した。
昨年のメーガン妃の出産は対照的だった。メディアの詮索を避け、息子のアーチーくんは非公開の場所で生まれた。その後も平和な生活を手に入れる方法を模索していた一家は、結局王室を離れてカナダに移った。
わずか2年前、サクセスフルなアメリカ人女優を王室に迎えたイギリスは沸き立っていた。ハリー王子との結婚式には、アメリカから黒人セレブの招待客と黒人司祭が招かれ、ゴスペルが響き、新時代を象徴するロイヤルウエディングと称えられた。
自立したいという夫妻の決断については当初、「王室ブランドで金儲けしながら自由を手に入れるのはいいとこ取りだ」という批判が多く聞かれた。イギリス人には「公費に支えられている王室は国民のための義務を負う」という意識がある。税金の納入先は「H M R C」つまりは「女王陛下の歳入関税庁」と呼ばれていて、私も毎年、女王陛下に年貢を納めている気分になる。
しかし、ひとたび完全に王室を離れることが決まると、メーガン妃が大衆紙に人種差別を受けた事実に同情する声が、黒人コミュニティーだけでなく、労働党議員や左派系新聞からも上がった。
私自身は幸い、人種差別にあったことはない。差別かどうか検証できない事柄は、「これも異文化体験だ」と肩をすくめる方が、海外生活は楽しく送れるとも思っている。しかし、親になってから、娘が差別を受けないようにと願う以上に、偏見を持たないように育てなくてはという責任を感じるようになった。
先日、混み合うバスに乗っていた時のことだ。幼い息子を連れた白人の母親が、子ども用自転車を持って乗り込んできた。そばの座席に座っていた若い黒人女性が「汚れるから近づかないで」と抗議した。混雑で身動きが取れない母親が「すみません、でも仕方ないでしょう」と答えると、黒人女性は「人種差別だ」と言い、隣にいた友達に「彼女は子どもも人種差別主義者に育てているに違いない」と大声で言った。私は娘の手を握りつつ、内心「白人でいるのも大変だな」と思い、母親の買い物袋を持ってあげるのが精一杯だった。一方で、「この黒人女性はどんな差別を受けてきたのだろう」と考えた。疎外感を感じていた親にも「白人は差別主義者だ」と言い聞かされてきたのかもしれない。
多様性は、断絶のリスクと隣り合わせだ。でも、子ども達に偏見を与えないようにすれば、未来は変わるという希望がある。イギリスでは様々な試みが行われている。たとえば、出版業界は白人率が高く、子どもの本も登場人物の多くが白人だが、近年、「世界を変えた世界の女性」「偉大な黒人たち」といったテーマの伝記や、有色人種が活躍する物語の出版が増えている。ロンドンでは、有色人種が描かれた絵本の表紙を見せてディスプレイする書店が目立つようになった。
娘の学校では、11月に「オッド(不揃いの)ソックス・デー」があった。いじめ撲滅のための団体「アンチブリング・アライアンス」の呼びかけで2017年から開催されていて、「みんなが違う個性を持つのは良いことだ」という意識を広めるためのイベントだ。この日、子どもたちは左右違うソックスで登校し、校長先生はピンクと紫のソックスを履いた自分の足元の画像をTwitterに載せた。差別がなくなれば、みんなが個性を発揮し、どんな人にとっても平和で居心地がよく、楽しい社会になるはずだ。
エリザベス女王は王室離脱を認める発表で「メーガンが素早く家族の一員になったことを、とりわけ誇りに思う」と述べた。英国王室にはフランス人、ドイツ人やギリシャ人の血が流れている。女王も、外国人の孫嫁が受けたいじめを苦々しく思っているに違いない。メーガンがイギリスに戻る日は来るだろうか。
Posted by 清水 玲奈
清水 玲奈
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ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。