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イギリスでは、なぜイスラム教徒の子もクリスマスを祝うのか Posted on 2019/12/19 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン

娘が通う公立小学校は、送り迎えのときに、ヒジャブをかぶったイスラム教徒のお母さんが2割くらいいる。給食はベジタリアンメニューもあるし、使われる肉は全てハラルミートだ。入学前の家庭訪問で先生に聞かれる質問リストに、「家庭の宗教」と、「様々な宗教の行事に子どもたちを参加させることに同意するか」という項目があった。多宗教主義の学校として、イスラム教、ヒンズー教、ユダヤ教などの行事とともに、クリスマス関連の催しも盛んに行っていて、実質的に子どもたち全員が参加している。
11月には、クリスマスのお菓子として親しまれるしょうが味のクッキー、ジンジャーブレッドをテーマにした一連の授業が行われた。まず、絵本の『ジンジャーブレッドマン』を読んだ。日本でもおなじみのロシア民話「おだんごぱん」に似ていて、パン屋さんが作った人間の形のジンジャーブレッドが逃げ出し、最後はキツネに食べられてしまうお話だ。
 

イギリスでは、なぜイスラム教徒の子もクリスマスを祝うのか

それから、「近所のスーパーに行き、ジンジャーブレッドの材料を買う」という初の遠足が行われた。安全のための付き添いのボランティアが募集され、私を含む10人あまりの母親が集まった。子どもたちは二人組になり、お買い物リストとえんぴつを持たされる。先生はまず、小麦粉の売り場に行き、「ベイキングパウダー入りのお菓子用の粉、パンを焼くための粉、オーガニックなど、いろいろな種類の粉があり、メーカーや内容量、値段もさまざまですね」と説明。それからスパイス売り場で「Gから始まるジンジャーのびんを見つけましょう」と呼びかけ、砂糖、バターの順で無事に材料を揃えた。
 

イギリスでは、なぜイスラム教徒の子もクリスマスを祝うのか

その後レジに行き、会計を済ませる。13ポンド67ペンスです、とレジ係の女性が言うと、1ポンド硬貨を「1、2、3…」と子どもたちと一緒に数えて14枚渡し、お釣りをもらって終了。学校に帰った後は、ジンジャーブレッドマン作りをしてみんなで食べたそうだ。英語と社会と算数、家庭科を一気に学ぶ授業になっているのが見事だ。
 

イギリスでは、なぜイスラム教徒の子もクリスマスを祝うのか

その週末には「おうちでも好きな形のジンジャーブレッドを作りましょう」という宿題が出された。実質的に親への宿題(挑戦?)だ。わが家では張り切って、初めてジンジャーブレッドハウスを作った。材料を混ぜ、麺棒で伸ばす。型紙通りに生地を切って焼き、壁と屋根、煙突を作る。そして、粉砂糖と卵白を混ぜたアイシングで組み立てて完成。食べられる図画工作に、親子で夢中になった。
 

イギリスでは、なぜイスラム教徒の子もクリスマスを祝うのか

そして、12月のハイライトは聖誕劇だ。授業では『最初のクリスマス』という絵本を読んで物語を学び、そして劇の練習が始まった。親には、子どもの役名とせりふ、家庭で用意する衣装が書かれた手紙が渡された。役は先生が決める。そして「どの役も同じくらい大切です」という但し書きがあった。
 

イギリスでは、なぜイスラム教徒の子もクリスマスを祝うのか

「うちの子はせりふが短くて、友だちを羨ましがっている」というお母さんもいたが、娘はせりふのない「歌手」。他はどんな子が歌手なのと聞いたところ、「教室でも一番前に座っている子たち。仲がいい隣のオーマーくんも一緒に練習している」とうれしそうだ。
劇は学校のホールで行われ、学年の60人全員が舞台の定位置についたところで観客の親たちが入場する。子どもたちはみんな、自分の親を見つけると笑顔になって手を振った。
 

イギリスでは、なぜイスラム教徒の子もクリスマスを祝うのか

本番の2日前、土曜日の朝には、ヨゼフ役の男の子のお母さんから、WhatsAppの保護者グループに「イーベイで買った衣装が届かない!」と悲痛なメッセージが届いたが、他の親たちが店の情報を送ったおかげで、本番には、浅黒い肌と黒髪に茶色のベールが似合う立派なヨゼフくんが登場した。マリア役は金髪の色白の女の子で、ブルーのベールがぴったりだったし、金色の冠を被った大柄な黒人の子の王様も、アラブ系の子たちが演じる東方の博士たちも、サマになっていた。様々な人種と宗教が共存する舞台は、未来への希望というクリスマスの本来の意味を表していた。
 

イギリスでは、なぜイスラム教徒の子もクリスマスを祝うのか

物語は、ナレーター役の子たちの語りと歌で進行する。ヨゼフとマリアが宿屋を探し回るシーンで歌われる「ノック・ノック」で始まる歌から、イエスが誕生して東方の博士が贈り物をしたのち、クライマックスに歌われる「ウィー・ウィッシュ・ユー・ア・メリー・クリスマス」まで、数曲登場する劇中歌はキャストも含む全員で歌う。それでも娘は一生懸命振り付きで「歌手」役を務めていた。去年までの幼稚園のクリスマスでは、みんなで輪になって歌うときに自分だけ好き勝手に踊っていたので、小学生になったという実感が湧いた。終演後の娘は、ほっぺを真っ赤にして高揚した面持ちで、担任の先生との記念写真におさまった。「どの役も同じくらい大切」という言葉は、本当なのだ。
 

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Posted by 清水 玲奈

清水 玲奈

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Reina Shimizu
ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。