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愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」 Posted on 2022/04/22 ウエマツチヱ プロダクトデザイナー フランス・パリ

愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」

 
日の出前の真っ暗な朝4時、懐中電灯を照らしながら始まる蚤の市がある。
フランスでリールに次いで2番目に大きいといわれている、アミアンの蚤の市だ。
朝5時が正式な開始時間だが、前泊したホテルで「4時にはもう始まる」という話を聞き焦って早めに出てくると、確かにもう人が集まり始めていた。
 

愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」

※朝一番に剥製を買っている人が多かったのが不思議



 
この蚤の市は1年に2回行われる「Grande réderie d’Amiens」といい、2022年の春は4月17日に1日限りの開催で、フランス各地から約2000店舗が出店した。
今回は、パリで活躍する額装家の山本康史さんと一緒に回った。
額装家とは美術作品を額に仕立て上げるのが仕事だが、山本さんはパリで額装アトリエに所属しながら、自身の作品も制作している。
この蚤の市では、そんな自分の作品のための額を探すこともひとつの目的。
蚤の市で見つけたアンティークの額縁を元に、フランス額装について話を伺った。
 

愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」

※額装家の山本康史さん

愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」

 
そもそも、山本さんが額装家を目指すことになったきっかけは、日本にいた頃、家具職人になるための職業訓練校へ見学に向かう道すがらに起きた。
しばらく会っていなかった写真家の従兄と偶然再会し、「家具職人を目指しているなら、いつか自分の写真の額を作ってくれ」と頼まれた。
その日から、「額装」という言葉が頭から離れなくなり、家具職人から方向転換。
額装教室を体験に行ったりはしたものの、独学でアトリエを開くに至る。
そして、もっと本格的に額装をやるなら、額装の本場、フランスに行こうと決めて、片道切符で海を渡った。
 

愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」

愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」

※割れた鏡は、外して枠だけにすれば、額装に利用できるそう

地球カレッジ



 
フランスに到着すると、パリだけでなく、リヨン、マルセイユと、次々とフランス中の額装アトリエに突撃訪問。
当時は、フランス語も話せず、門前払いが続いた。
ある日、何気なく事前に連絡してから訪ねたアトリエが、話を聞いてくれた。
話していくうちに、インスタグラムで相互フォローをしていることが判明。
そこからは話が早かった。
山本さんの作品をインスタグラムで見ていたアトリエの人達は、既に彼の実力を理解。
ワーキングホリデーの1年間、無給覚悟で、本場の工程や、仕事のスピード感を見学するつもりできたのが、いきなり仕事を任されるように。
 

愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」

 
インターンシップを半年、契約社員を半年して、正社員採用されたというトントン拍子ぶり。
自分がそれまでやってきたことが合っていたかどうか、答え合わせの日々だったという。
とてもドラマに溢れているのに、淡々と語る山本さん。
寡黙な職人の秘めた情熱を感じた。
今は渡仏から5年経ち、モネやバスキアなど、名高い芸術家たちの額装もアトリエで手掛けるようになった。
額装はひとりで仕上げるもので、それを任される山本さんへの信頼感が伝わる。
高名な作品たちの額がない素の状態は、美術館でも見ることができないので羨ましい。
 

愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」

 
さて、フランス額装。
蚤の市に並んでいたもので、わかりやすく特色あるものをご紹介。
まずは「ビゾー(biseau)」という、マット紙を45度でカットしたもの。
その場にあったものは、2mmのマット紙を2枚張り合わせた上に、紙で断面を覆い、2枚の間の線を隠す技法が施されていた。
間近でよく見ても、そのような処理がされているとはわからない自然な仕上がりだ。
 

愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」

※紙の厚みでできる陰影で、奥行きがでる



 
「フィレ・ドレ(filet doré)」は、金色の紙を細く切り、マット紙に貼り付けたもの。
キリッと浮かび上がるような直線は、切り取られたものを貼ったと聞くと納得。
そして、「ラヴィ(lavis)」は水彩絵の具で、薄っすらと色を付けることをいう。
まさか手塗りだとは思っていなかったので驚きだ。
その周囲を囲む、「ティール・リニュ(tire-ligne)」は、烏口を使って墨で線を引くことをいう。
 

愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」

 
あと、一番、日本の額装との差を感じるのは、フランスの額は入れ替える前提では作られていないということ。
日本の額であれば、裏面にトンボと呼ばれる留め具で開閉でき、簡単に作品を入れ替えることが可能。
だが、フランス額装では、額はひとつの作品のために作られる、いわばオートクチュールだ。
フランスは人が纏う衣服も華やかだが、芸術作品も負けずに美しく仕立てられた額に収まる。
いくつもの非常に細かい技の組み合わせで、中に入る作品を引き立てる額を、これからは美術館でも注目したい。
作品を下支えする額装家という存在も感じつつ。
 

愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」

※クラフトテープで止められた背面は、入れ替えを想定していない

愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」

※ガラスの膨らみが特徴的な19世紀の額縁



 
この日、山本さんが買った額は全部で6点。
「額装のことを広く知ってもらいたい」と語る、彼の今後の新作も楽しみだ。
 

愛すべきフランス・デザイン「アンティークの額縁探しに、額装家と大規模蚤の市へ」

※山本さんが買った6点の額

自分流×帝京大学



Posted by ウエマツチヱ

ウエマツチヱ

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tchie uematsu
フランスで企業デザイナーとして働きながら、パリ生まれだけど純日本人の娘を子育て中。 本当は日本にいるんじゃないかと疑われるぐらい、日本のワイドショーネタをつかむのが速い。