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フランス・ペイザージュ日和⑤「ヴェルサイユ庭園を任される庭師たち」 Posted on 2023/04/03 水眞 洋子 ペイザジスト パリ
ジャルディニエ(庭師)とは何か!
そのことをもっと知って頂きたく、今日は私が尊敬するヴェルサイユ庭園のふたりのジャルディニエをご紹介したく思います。
主任ジャルディニエの、ジョエル・コッタンさんと、アラン・バラトンさんです。
(写真2:右がコッタンさん、左が副主任のニコラさん。ヴェルサイユ大庭園の事務所にて。)
(写真3:バラトンさん。ヴェルサイユ・トリアノン庭園の事務所にて。)
ヴェルサイユ庭園は、フランスの代表的な庭で、ユネスコの世界遺産に指定されています。
(写真4:ヴェルサイユ大庭園)
写真5:ヴェルサイユ・トリアノン庭園)
年間1000万人の入園者を誇るこの庭園はとても大きく、全面積850haもあります。
この巨大な庭を約70名のジャルディニエたちが、毎日手入れしています。
場所ごとに作業を分担していて、宮殿付近の大庭園とオランジュリー庭園を担当するチームと、プチ・トリアノンとグラン・トリアノンを担当するチームの、2チームで構成されています。
そしてそれぞれのチームに、リーダーとなる主任のジャルディニエがいて、前者のチームをコッタンさん、後者をバラトンさんが、それぞれ主任としてまとめています。
地図で見てみるとこんな感じに区分されています↓。
(写真6:ヴェルサイユ庭園の維持管理区分)
技術や経験云々以前に、この二人の関係性が(対照的でありながら協調的で)実に、素晴らしいのです。
お二人とも、庭師歴30年以上のベテラン。
気さくで、人情に溢れ、トーク力に長けていて、巧みにオヤジギャグを飛ばしながら周囲の笑いを軽快に掻っさらっていきます。
旧友の二人は、とても似ているようで、実はヴェルサイユの庭園管理に関しては、全く対照的なアプローチをとっています。
「ジャルディニエの資質は《感性》で決まる!」そう言い切るのは、コッタンさん。
ジャルディニエにとって、職人的感性が重要だと考える彼は、徹底した現場主義を貫き、育成にとても力を注いでいます。
歴史的庭園の要となる伝統技術の継承は、すべて口伝で行っていて、管理指針マニュアルにはあまり頼りません。
ベテランから若手へ、時間をかけてじっくりと受け継がれていきます。
そのため、コッタンチームの庭師たちは、ベテランと若手のつながりがとても密で、みな仲が良く、素晴らしい信頼関係が築かれています。
コッタンさんのそばには、いつも副主任のニコラがいます。
上司のギャグに、時折ツッコミを入れつつ、次期後継者として、主任の心得をじっくりと習得しています。
小柄なコッタンさんと長身のニコラを見ていると、親子にも思えてきます。
(写真7:コッタンさんとニコラさん。3つの噴水のボスケにて)
「ヴェルサイユの庭は、世界遺産の庭としてとしてとても有名だけど、世界遺産の庭があるから、いいジャルディニエが育つわけじゃないんだ。いいジャルディニエが育つ環境があるから、世界遺産となる庭が生まれるんだよ。」
と語るコッタンさん。
勤勉でないと庭仕事は務まらない、という彼は、どんな時でも、現場を最優先しています。
そのため、表舞台には一切出てきません。
自らが黒子となることで、庭そのものに光をあてる彼の生き方には、オヤジギャグからは連想できないほど、王の庭に携わる者としての強い誇りと、大きな責任感が伝わってきます。
そんなコッタンさんと真逆を行くのが、バラトンさんです。
「ヴェルサイユの庭師といえばバラトン」と呼称されるほどフランスで最も知名度のあるジャルディニエです。
人気コメンテーターとしての顔を持ち、テレビやラジオに多々出演。
軽快なトークに定評のある彼は、庭園史や園芸・植物学などの 固いテーマも、笑いやエピソードを交えながらわかりやすく解説してくれます。
また作家としてもご活躍されていて、20冊をこえる著書があり、日本でも数冊出版されています。
もしかするとご存知の中もおられるかもしれません。
世界中にファンがいるバラトンさん。
その反面、アンチもいます。
メディアへの露出の多さから、「現場不在のジャルディニエ」とか「庭仕事ができない庭師」などと揶揄されることもしばしば。
でも本人は、至って冷静沈着に、「想定内だよ」と軽く微笑みを浮かべます。
「考えてもごらんよ。君は、フランスのジャルディニエの名前をどれだけ知ってる?、ヴェルサイユ庭園を造ったル・ノートル?、それ以外は?、いないでしょ?、ヴェルサイユができて既に300年以上経っていて、かなりの数の庭師を輩出しているはずなのに、全く名前が知られていないというのは、おかしいと思わないかい?、これは、ル・ノートを超えるジャルディニエが現れていないということでは全くない。むしろ庭師に対する社会的認識が低いということの表れなんだよ。これは大きな問題だよ。僕はその現状を変えたいんだ」。
ジャルディニエが表舞台に出てこない背景には、庭師のイメージのステレオタイプ化があると彼はいます。
実は、これまでメディアで取りあげられるジャルディニエたちはもれなく髭を蓄え、作業着のエプロンを着、長靴をはいていました。
(写真8;これまでメディアに出ていた有名なジャルディニエたち)
バラトンさん曰くは、このようなイメージに、若者は憧れを抱かないし、「庭師=ブルーカラーの職業」という固定観念を助長しかねないといいます。
このイメージを壊すべく、従来とは異なる出で立ちでバラトンさんは登場し、笑いとエピソードを交えながらお庭に携わる仕事の素晴らしさを多角的に伝えています。
(写真9:バラトンさんの著書の写真)
最近では、自分が出演する代わりに、彼のチームのジャルディニエたちを登場させ、バラトン以外の庭師を前面的に紹介しています。
「信じてもらえないかもしれないけど、これは自分のためにやっているわけじゃないよ。ジャルディニエのイメージの多様化が狙いなんだ。僕の後継者や若手の人材が、ジャルディニエとして誇りを持って生きられる道を開きたいんだよ。このことは、延いては庭師という職業を守っていくことにつながっていくんだよ。」
意図的に賛賞や批判の的になることで、ジャルディニエの職業そのものに光をあてる彼の生き方は、その軽やかな口調からは想像できないほどの硬い意志と深いジャルディニエ愛が滲みでます。
コッタンさんとバラトンさん。
全くタイプの違う二人ですが、想いは唯一無二なほどぴったり合っています。
それはヴェルサイユ庭園というバックグラウンドを活かして、若いジャルディニエ(庭師)を育成し、庭園芸術や造園技術、職人業を伝承・継承すること。
そして、ジャルディニエという職業の社会的認識を向上させること。
近年、彼らの想いが功を奏して、ジャルディニエを志す若者や、我が子をジャルディニエにしたいと願う若い夫婦からの問い合わせが増えているといるそうです。
「バラトン?あぁ。あの庭仕事できないジャルディニエ?」というコッタンさんと、「コッタン?あぁ。あの現場しか知らないジャルディニエ?」というバラトンさん。
互いをからかいあう二人を見ていると、「こういう関係も《両想い》と言ってもいいかもしれないなぁ。」と、なんとも言い表せない、深い感動を覚え、いつしか、お二人のファンになっている自分がいます。
ヴェルサイユの王の庭は、この二人の主任ジャルディニエたちの想いによって、今日も世界中の人から愛され続けているのです。
Posted by 水眞 洋子
水眞 洋子
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大阪府生まれ。琉球大学農学部卒業後、JICA青年海外協力隊の植林隊員及びNGO《緑のサヘル》の職員として約4年間アフリカのブルキナ・ファソで緑化活動に従事。2009年よりフランスの名門校・国立ヴェルサイユ高等ペイザージュ学校にて景観学・造園学を学ぶ。「日本の公園 におけるフランス造園学の影響 」をテーマに博士論文を執筆。現在は研究のかたわら、日仏間の造園交流事業や文化・芸術・技能交流事業、執筆・講演などの活動を幅広く展開中。
ヴェルサイユ国立高等ペイザージュ学校付属研究室(LAREP)、パリ・東アジア文明研究センター所属研究所(CRCAO)、ギュスターヴ・エッフェル大学に所属。シエル・ペイザージュ代表。博士(ペイザージュ・造園)。