PANORAMA STORIES
日本の「能」、フランス語で初上演!パリの劇場が能に惹きつけられた日 Posted on 2023/06/18 ルイヤール 聖子 ライター パリ
夏至が近づく暑い夜、パリの劇場は外に負けない熱気を放っていました。
日本の伝統芸能、「能」の生舞台がフランス語で行われたのです。
フランス語で能が上演されるのは今回が初めてだそうで、会場は多くのフランス人観客で埋め尽くされていました。
※6月16日、パリ6区「Théâtre de l’Alliance Française」にて。
2008年にユネスコから無形文化遺産に認定された能は、日本を代表する貴重な演劇表現の一つとされています。
最も重要な道具である「能面」をはじめ、最小限に抑えられたセットや衣装からも、神秘的で高尚な能の美学が見て取れるようです。
この日はギリシャ悲劇、セネカの『メデア(MEDEA)』が能楽に落とし込まれました。
つまりギリシャ悲劇と能の技法が融合した、過去に類を見ないユニークな演目となったのです。
能楽師(主人公)の相手役である「ワキ」、助演役である「ツレ」、「アイ」が日本人以外で演じられたのも稀有な体験でした。
日本語でも独特な「音」に聴こえる能が、フランス語に変わったことでより神秘性を増し、両耳が静と動の渦に飲み込まれていくようでした。
さて、言葉のハンデを取り除いたこともあってか、フランス語の能には観客の皆が最初から惹きつけられていました。
しかし「シテ」役(主人公)の松浦眞人さんが能面をつけて登場すると、会場の雰囲気が一気に変わります。
松浦さんはフランスで能楽を伝えるほか、剣術を教授する数少ない日本人指導者の一人です。
そんな舞と武が融合した「すり足」は“美しい”のただ一言。
能面含む衣装・演技はもちろんですが、彼のすり足に注目した観客も多かったのではないでしょうか。
能面は得てして、強いインパクトがあり人々の記憶に深く刻まれます。
能自体はよく知らなくても、このお面には何らかのイメージを持っているという人も多いでしょう。「能面のような顔」と日本語にもあるほどです。
ところが演目が深まるにつれ、無表情なはずの能面が、時に微笑んだり悲しんでいるように見えることに気付きます。
例えば「シテ」が顔の角度を少し上げ下げするだけで、生き生きした顔に見えたり、消沈して見えたりと、頭の中に豊かな表情が浮かんでくるのです。
これは実は、能の最大の魅力だと思います。
ストーリーの中で変化していくシテの心情を面一つで表現することで、観客の想像力を大いに掻き立てていく。
こうした深い能面の美学は、フランス人にもしっかりと伝わったのだと思います。
うつむく人など誰もおらず、皆が舞台に集中したまま、一時間半という時間があっという間に過ぎていきました。
※音楽(囃子)を奏でる動作、衣装や道具を運ぶ黒子さんの所作も一つ一つが美しく、日本伝統の信念を映し出しているようでした。
今回のフランス語での上演は、能を知っている日本人にも新たな発見と感動をもたらしてくれました。
フランス語と能の相性も非常に良く、シンプルな舞台セットが衣装の美しさを引き立てています。
囃子の独特な音楽が流れ、ピリッと張り詰めた空気の中。
フランス人観客と一緒に固唾を飲んで見守るように鑑賞した後は、心地よい余韻と笑顔が会場に残されていました。
Posted by ルイヤール 聖子
ルイヤール 聖子
▷記事一覧2018年渡仏。パリのディープな情報を発信。
猫と香りとアルザスの白ワインが好き。