PANORAMA STORIES
オランダ流絵画の育て方 〜旅するフェルメール〜 Posted on 2019/01/20 まきの ななこ ライフスタイルキュレーター アムステルダム
レンブラントやファン・ゴッホとならびオランダを代表する画家のひとり、ヨハネス・フェルメール。当時としてはめずらしく、市井の人々の日常生活をテーマに、主に彼の生まれ育った街デルフトを舞台にして描かれた作品たちは、現存する点数が30数点と少ないものの、世界中のファンを今日でも魅了し続けています。
もちろんアムステルダム国立美術館にも数点が収蔵されており、レンブラントなどの巨匠たちと共に、その名も「名誉の間」(Gallery Of Honour) という広間に展示がされています。
そしてその中でもひときわ目をひく、というよりも絵画自体から光が発せられているような、静けさのなかに圧倒的な存在感を放つ作品。それが今回の主役「牛乳を注ぐ女」(The Milkmaid)という絵画です。サイズは高さ45センチ、幅41センチと小振りながら、ひとりの女性がただただ全身全霊を込めてポットに牛乳を注いでいるその姿に、こちらも視線をそらすことが出来ず、金縛りにあったかのような衝撃さえ走ります。
そんな彼女に、私は平日のお昼どき、すいている時間を見計らってときどき会いに行くことにしているのですが、いつ行ってもなかなか独り占めは難しい、そんなアムステルダム国立美術館きっての人気者です。
ところが数カ月前から彼女の姿が見当たりません。近付いてみると、東京・上野の森美術館へ旅しているとの案内が。日本からこの絵画を観に楽しみにやって来た方には残念なお話ですが、大好きな絵画が自分の故郷に巡回しているというのは、なんだか嬉しく有難い気分です。
そして今回はそんな大役を仰せつかった彼女のために、それはまたとてもとてもスペシャルな、心強い粋なはからいがアレンジされました。あのモノグラムマークで有名なパリのルイ・ヴィトン社が特製のトランクを制作してくれたのです。
もともと1924年にフランス人アートディーラー、ルネ・ジャンペル(René Gimpel)氏のために彼のコレクションを世界中に安全に紹介するべく専用のトランクを製作して以来、名だたる顧客の美術品や画材を最適な条件で運搬するためのケースを製作しているルイ・ヴィトン社ですが、今回は特別に6ヶ月以上の歳月をかけて、フランス・アニエールにある歴史あるアトリエで、熟練した職人さんにより細部に至るまでこだわり抜かれて製作がなされました。
アイコニックなモノグラムのキャンバスに真鍮の金具と錠前。外装には手作業によるペインティングが施され、ライニングには作品中のカラーとマッチするような鮮かなイエローが使用されています。
これなら一心不乱に牛乳を注ぐ彼女”ミルクメイド”さんも、安心して日本での任務を遂行出来そうですね。
国立美術館の目玉である作品を貸し出すのは様々な意味でとてもチャレンジングかつ重要なことですが、アムステルダム国立美術館の館長であるタコ・ディベッツ氏は、”オランダの至宝は、世界の至宝。出来る限り多くの人に観賞してもらうことにこそ作品の存在意義がある。”と語り、今回の日本巡回も自ら積極的に企画し、ルイ・ヴィトン社とのコラボレーションもそのPR効果を念頭に、周到に準備されたようです。どうやら”可愛い子には旅をさせよ”というのがアムステルダム国立美術館のモットーのようですね。
大好きなミルクメイドさんがいない美術館は少し寂しい気もするけれど、東京、大阪と巡回しどんな土産話を持って帰って来てくれのるかを楽しみに、今日も私は「名誉の間」を徘徊しながら、当時のオランダの暮らしや人々に思いを馳せてみるのです。
一枚の絵が時空を超えて、様々な人やモノを結びつけてくれる。新しい年の始まりに17世紀に描かれた「牛乳を注ぐ女」と対峙してみる。そんなことも意外に、楽しい試みかも知れません。
フェルメール展
■東京展
会期:2018年10月5日(金)~2019年2月3日(日)
開館時間:9:30~20:30
会場:上野の森美術館
■大阪展
会期:2019年2月16日(土)~5月12日(日)
開館時間:9:30~17:00
会場:大阪市立美術館
Posted by まきの ななこ
まきの ななこ
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ライフスタイルキュレーター。シカゴ、東京、モスクワ、ロンドン、、、一期一会に生かされて。新しいホテルやブランドなどの立ち上げに携わりながら様々な都市を巡り、2014年よりアムステルダム在住。オランダ語見習い中。放浪癖あり。