PANORAMA STORIES
音楽をめぐる欧州旅「クロード・ドビュッシーとアルハンブラ宮殿」 Posted on 2023/02/13 中村ゆかり クラシック音楽評論/音楽プロデューサー ドイツ、エッセン
スペイン、アンダルシア地方グラナダの切り立った丘の上に立つ、イスラム王朝の楽園、アルハンブラ宮殿。王が魔法を使って完成させたと評されるその宮殿は、訪れた人の心も魔法にかけてしまうほどの美しさを放つ。
私は何度その魔法にかかっただろう。光と風、水のせせらぎをも採り入れた建築は、目の前に在る今と、何世紀も遥かな昔の思いが豊かに照応して、その一瞬だけのハーモニーを奏でてくれるようだ。
アルハンブラ宮殿は、多くの音楽を生んだ場所でもある。ギターのトレモロ奏法で、宮殿の水の動きを描写したタレガの《アルハンブラの思い出》など、多くの作曲家がこの場所で受けたインスピレーションをもとに音楽を書いている。
その中でも、フランスの作曲家ドビュッシーの作品は、特別な存在かもしれない。
というのも、ドビュッシーは、アルハンブラやグラナダを訪れずして作品を書いたからだ。
友人から送られてきた絵葉書に、大きく写し出されていたアルハンブラ宮殿の「ヴィーノ(葡萄酒)の門」にインスピレーションを得て書かれたピアノ曲《ヴィーノの門》(La puerta del Vino)や、アルハンブラにある中庭「リンダラハ」(Lindaraja)と同名の曲など、アルハンブラを舞台にした作品もある。
かくも美しいタイトル《グラナダの夕べ》(Soirée dans Grenade)と名付けられたピアノ曲は、私たちの心の中に、グラナダへと続く旅の扉を用意してくれるようなスペイン情緒に満ちた名曲だ。
ドビュッシーは、若い頃から旅を重ねてきた旅の名人だった。無名だった10代から、パトロンお抱えの音楽家として大旅行にも帯同したし、愛する人と逃避行の旅も、もちろんあのサン=ジャン=ド=リュズへも旅している。演奏や仕事のために訪れた都市は数えきれない。それでもドビュッシーは、実際の旅と同じくらい想像の旅を愛した人でもあった。
「旅へ行く余裕がないときは、想像力でそれを補うしかない」
とはドビュッシーの言葉である。
音楽は時に、現実と想像の間に生まれる。
今日は私も《グラナダの夕べ》を聴きながら、ドビュッシーが誘う想像の旅へ出ることにしよう。
Posted by 中村ゆかり
中村ゆかり
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専門は、フランス音楽と演奏史。博士課程在学中より、音楽評論とプロデュースを始める。新聞、雑誌、公演プログラム等の執筆、音楽祭や芸術祭のプロデュース、公共施設、地交体主催の公演企画、ホールの企画監修などを手掛ける。また5つの大学と社会教育施設でも教鞭を執る。2016年よりドイツ在住。