PANORAMA STORIES
学生として今を生きる Posted on 2021/01/20 木枝 萌 学生 スウェーデン・ダーラナ地方
私は大学に入学してからというもの、普通の学生生活を経験したことがない。学生寮の部屋で一人、大学の勉強をしながら、静かに暮らしている。
先日、十九歳の大学生、ハイジさんがフランス大統領に宛てて書いた手紙を読んだ。今のハイジさんと数か月前の私と重なる部分があるので、立ち止まって少し前の自分を振り返ろうと思う。
去年の八月から始まった海外での大学生活、スクリーンの向こう側にいる先生の話を聴き、講義のノートをとり続ける毎日を送っていた。オンラインの講義に慣れるために、必死だった。毎回講義が終わると、やり場のない悲しみ、不安、孤独、絶望、疲労、といった感情が私の後ろから襲いかかった。負の感情を抱くのが怖くなった私は、ネット上の世界にしがみつくように生きた。心が不安定なのは自分だけかと思っていたけれど、日本でも海外でも多くの学生が同じ悩みを抱えているというのを知った。
描いていた大学生活と、自分が送っている生活があまりにもかけ離れていて、ここに居る意味を見いだせずに、ただひたすらにパソコンに向かって勉強をし続け、誰とも一言も交わさないまま夜を迎える日も多々あった。「楽しい」という感情を思い出せなくなり、考えたり感じたりするのを一度止めたこともある。感情を無にするしか生きる方法はなかったのだ。まさに、ハイジさんが言うように私も「生きる死に人」のようであった。
外出や人と会うのを避け、一人部屋の中で、勉強に集中していた十一月下旬のある日、鏡に映る自分の顔を見て泣いたことを覚えている。あまりにも私の心は壊れていて、顔はやつれ、気づかぬうちに白髪がたくさん生えていて、とてもじゃないけど二十歳の顔には見えなかった。こんなはずじゃなかったのにと、本当に悲しくなった。しばらく化粧をしていなかった唇に赤い口紅をつけ、髪の毛をびしっときめ、イヤリングをつけて、もう一度鏡に向き合って無理矢理自分に笑いかけた。「いつから笑っていなかったんだろう」と静かに呟いた。頻繁に、遠くに住む家族と電話越しに話すけれど、励ましの言葉は右から左へと流れ、自分の心を助けてくれる言葉は何一つなかった。勉強に励むことだけを生きる目的として、一学期が終わった。
一ヶ月間の冬休みに入り、ようやく自分の心と身体を癒す時間がとれるようになった。
人間らしさを回復するために、一日に一回は外に出て新鮮な空気を吸い、体を動かし、美味しいものを作って食べ、たくさん笑って心の栄養補給をした。自分にできることは全てやり、微かだけれど生きる力が徐々に戻っていくようであった。自分もまだまだ若いんだな、と褒めてあげた。
そして始まった新学期。
コロナの影響で、講義、イベント、サークル活動はオンラインを通して行われると決まった。またかと思ったけれど、想定内だ。
大学の講堂に大勢の学生が集まって勉強するというのは、この状況ではやはり難しい。オンラインでの学生生活を再開し、せっかく回復した自分がまた「生きる死に人」に戻ってしまわないか心配する気持ちも大きい。だから、同じ環境に置かれている大学生の友人と「心の健康のためにも、これからはもっと話すようにしよう。一緒に笑おう」と支え合うことを決めた。
苦しい状況を乗り切る方法は探せば必ずあることも学んだ。半年後、一年後の自分がどのような生活を送っているのか、想像もつかない。明るい未来図や夢の話はそう簡単にはできなくなった。だからこそ、今に目を向け「最近どう?」と大切な人たちに声をかけ続けることが一番大切なのだと感じる。きっとこの辛い時期を一緒に乗り越えた大学生世代の人たちは、将来、人と生きることの尊さを理解できる大人になるのではないだろうか。
自分はそういう大人になりたいと心から思う。
Posted by 木枝 萌
木枝 萌
▷記事一覧神奈川県出身。2020年よりスウェーデンに移住。ダーラナ地方にある工芸学校で陶芸を学ぶ。