PANORAMA STORIES
中秋節 -千里を隔てた月をともに Posted on 2023/10/06 岸 志帆莉 文筆業、大学研究員 中国・江蘇省
キンモクセイの香りとともに、中国の江南地方に秋がやってきた。
中国の秋のお祭りといえば「中秋節」がある。
旧暦の8月15日にあたる日で、一年で月がもっとも美しい時期とされる。
古くから家族で月を観賞する習わしがあり、団欒節とも呼ばれる。
仕事などで家を離れた家族も、中秋節にはできるだけ里帰りをする。
そして満月のように食卓を囲み、月餅という丸いお菓子を人数分に切り分けて食べる。
キンモクセイの花を漬け込んだ桂花陳酒という甘い酒を嗜みながら月見をしたり、蓮の形をかたどったスイカを月へ供えたりすることもあるらしい。
中秋節は親しい人に感謝をあらわす日でもある。
お世話になっている人に贈り物をして、中秋節の挨拶を交わす。
我が家も月餅やワインなどの贈り物をいただき、お返しをした。
中秋節の挨拶といえば「中秋快乐」(中秋節おめでとう)が一般的だけれど、中国らしく詩歌を引用することもある。
なかでも「但愿人长久,千里共婵娟」(お互い少しでも長生きして、千里を隔てた明月をともに眺めましょう)というフレーズは好んで用いられる。
宋の蘇軾の詞「水調歌頭」からの引用だ。
人有悲歡離合
月有陰晴圓缺
此事古難全
但願人長久
千里共嬋娟
(「水調歌頭」蘇軾 より一部引用)
人には出会いと別れがある
月に満ち欠けがあるように
それはいにしえからのことわり
せめて少しでも長生きをして
千里を隔てた月をともに眺めよう
(拙訳)
これは蘇軾が密州(現在の山東省諸城市)に地方官として赴任していたころ、中秋の名月を詠ったものだ。
同じころ、公私ともにかけがえのない同志であった弟・蘇轍も別の地に赴任していた。
何年も会えていない弟に対し、互いに長生きをして少しでも長く同じ月を愛でようとうたう最後の一節は、今でも多くの人々に愛誦されている。
家族の再会の時とはいえ、中秋節に家族に会えない人ももちろんたくさんいる。
中秋節はとても短い祝日で、大型連休などと重ならないかぎり、遠く離れた家族が再会することは実際には難しい。
そんなとき、家では離れた家族の分の月餅も切り分けておく。
そして会えない家族の分は月にお供えし、月を介して互いの心をつなぎ合わせる。
中秋節は旧正月(春節)と並ぶ二大節句で、花火や獅子舞などで盛大に祝う地域もある。
しかし多くの中国人は家で静かに団らんの時を過ごすことを好むようだ。
周りの友人に中秋節の過ごし方を尋ねても、「家族で食事をしてベランダから月を眺める」という声がもっとも多かった。
ただ今年は満月が重なって中秋の名月となったこともあり、街はどこかそわそわとしたお祭りの雰囲気に満ちていた。
夜風に乗って流れてくる人々の声や笛の音に誘われ、表へ出てみることにした。
9月末の夜の空気はしんと冷え、キンモクセイの香りに混じって夕餉の匂いが漂っていた。
この時期によく流れてくる中国風のオペラが二胡のようにやわらかに響いていた。
マンションの下の公園に出ると、いつもより低く大きな満月が姿をあらわした。
人の気配がしてマンションのほうを見返すと、そこには確かにベランダで月を眺めている人たちの姿があった。
家族で眺めている人、一人で眺めている人。
談笑する人、静かに月を眺める人、お酒を嗜んでいる人、ベランダへ出たり入ったりを繰り返す子どもたちの姿――。
月を眺めているかどうかにかかわらず、すべての人が月の気配を共有していた。
頭上に輝くまったき月を眺めながら、私はその向こうにいる人たちのことを思った。
暮雲収盡溢清寒
銀漢無聲轉玉盤
此生此夜不長好
明月明年何處看
(「中秋月」蘇軾)
夕雲は去り 澄んだ冷気が夜空を満たす
天の川に玉盤のような月がひっそりのぼる
限りある生涯 今宵のような月にそう出会えるものではない
来年はこの月をどこで眺めていることだろう
(拙訳)
Posted by 岸 志帆莉
岸 志帆莉
▷記事一覧東京生まれ。大学卒業後、出版社で働きながら大学院で教育を学ぶ。その後フランスに渡り、デジタル教育をテーマに研究。パリ大学教育工学修士。現在は大学オンライン化などをテーマに取材をしつつ、メディアにエッセイや短歌作品などを寄稿。2023年より中国・江蘇省に拠点を移す。