PANORAMA STORIES
カタルーニャの住民投票 Posted on 2017/10/17 林 真弓 通訳・ガイド・イベントコーディネーター バルセロナ
10月1日、スペイン、カタルーニャ州において、国からの分離独立の是非を問う住民投票が行われた。
朝から空にヘリコプターが飛び回る異様な雰囲気の日曜だった。
この住民投票はカタルーニャ自治政府が可決し実施を決めたものだが、スペイン中央政府と憲法裁判所は「国の統一を乱してはいけない」とした憲法に違反する行為だとして実施を禁止した。
警察は印刷所から投票用紙を1000万枚以上押収したり、カタルーニャ州政府官僚を14名逮捕し、それからは、住民によるデモなどの抗議行動が続いた。
夜10時になると家のバルコニーに出て鍋の底を叩く。それは毎夜20分間続いた。このSNSの時代に、前時代的なこの素朴な抗議方法が却って胸を打つ。
中央政府とカタルーニャ州政府間の緊張は高まる一方。国連人権理事会の専門家たちは「住民投票の合法性はともかく、スペイン政府は民主主義社会に最も重要な権利を尊重する義務がある。」と表明し、政府の対応に懸念を示した。バルセロナ市長も「仲裁と民主的解決のための場を設けるべき」と訴えた。
しかし、スペイン政府の強硬な態度は緩和されず、投票所などの情報を挙げていたサイトや通信をブロックし、何千人もの治安機動隊と国家警察隊をスペイン各地からカタルーニャへ送った。
これらの人員は当然普段の宿泊所には収まりきらず、クルーズ船を一隻借り切り、バルセロナ港に待機させた。
そんな異常な空気の中迎えた投票日だった。
まだ在住歴5年の私にはカタルーニャの分離独立問題をどう考えたらいいのか正直わからない。複雑な歴史や長年蓄積されてきた人々の感情、中央政府と各州の関係まで十分理解しているとは思えないから。スペイン側の報道ではラディカルな独立推進派が他の住民を煽って投票にこじつけた、となっていたし、結局裁判所が認めない投票をする意味があるんだろうか、と疑問に思っていた。
でも投票日当日、少し考えが変わった。
朝7時半から仕事だった私は、まだ真っ暗な外を見て土砂降りなのに気が付いた。傘を差して地下鉄駅まで歩くだけでもずぶ濡れになってしまいそうな激しい降り方に、タクシーに乗っての出勤を決意した。
その車窓から見たもの。それは雨の中、静かに投票所の開場を待つ市民の長い列だった。
一つ補足すればバルセロナで普段日曜の朝、地元民を見ることはまずない。朝寝坊して家でゆっくりしているのだ。その市民が、日の出前の真っ暗な日曜の朝、雨の中をじっと列を作っているのを見て、私は心を打たれた。民主主義の本質を見たような気がした。
彼らは自分の声を聞いてほしいのだ。違憲合憲は気にしてない。実際にこの投票に効力はないかもしれない。それでも自分たちの意見を表明したいのだ。その強い思いを感じないわけには行かなかった。彼らはラディカルな思想家でも何でもない。普通の隣人たちだ。友人の91歳の義父も4時間並び、自分の一票を投じられたことに感激していたらしい。
その後の地元のニュースや、住民が撮った動画を見て心が痛んだ。
素手を挙げて見せる市民たちに、重装備の機動隊が警棒で殴りかかる。女性であれ、髪の毛を掴んで投票所の外に引きずり出す。ゴム弾を発射し地面に倒れた男女の腹を蹴る。このような警察の暴力により、800人もの怪我人が出た(州政府発表)。
意見の違いはあれ、「投票」というあくまで平和的行為をこのような暴力で弾圧するのはどうなんだろう。
投票日から2週間が過ぎたが、いまだに膠着状態のカタルーニャ政府とスペイン政府。おそらくほとんどの住民が今望んでいるのは ”対話” だ。心を開いての誠実な対話。
見守ることしかできない私は、二度と怪我人が出るような事態にだけはならないでほしいと心から願うばかりだ。
Posted by 林 真弓
林 真弓
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通訳は主に英日だが、使用可能言語は、日、英、伊、西、仏。
オーストラリア、キャンベラ大学で応用言語学の修士号を取得したのち、地元岡山の大学にて英語非常勤講師。英語以外の言語を学びたくなり、32歳でフランス、トゥールーズに語学留学。その後イタリア、ベネチアで約9年の滞在を経て、現在バルセロナ在住。イタリアで知り合ったイギリス人の夫とスペインに住む、という??な、でもある意味非常に欧州的な状況を楽しむ毎日である。デザインストーリーズ、バルセロナ特派員。