PANORAMA STORIES

さて、ドイツで臨月を迎えたわけですが Posted on 2017/06/02 溝口 シュテルツ 真帆 編集者、エッセイスト ドイツ・ミュンヘン

さて、ドイツで臨月を迎えたわけですが

6月末の出産予定が刻一刻と近づいてきています。が、ここへ至っても噂に聞いていた「母性本能」とか「母としての自覚」なんてものはさっぱりわいてこず……自分に起こっている肉体的な変化がただ興味深く、まるくふくらんだお腹をしげしげと眺めるばかりの日々です。

ドイツにわたり3年、試行錯誤の末なんとなく編集者としての仕事の道筋も見えてきたタイミングでの妊娠発覚。
もともと「ワーク・ライフ・バランス」で言えばややワーク寄りの人間だっただけに、フル稼働できないこの状況にもどかしさや焦りを感じないと言えば嘘になります。

かたや我がドイツ夫は、妊娠が発覚した翌日に496ページもある鈍器みたいな育児書(もちろんドイツ語の)をいそいそと購入。

「えっ! そんなの読みたくないよ!」
「いやいや、これは“僕の”だから」

と、“マタニティ博士”と化し、いまや私の細かい質問にも医学的見地を交えてスラスラと答えてくれてなんとも心強い限りです(ぬいぐるみ相手におむつ交換の練習をしていたときには思わず笑ってしまいましたが)。

さて、そんな「母親未満」な人間にもドイツという土地はなかなか寛容で、増え続ける体重(まもなく12kg増!)を医者に叱られるわけでもなく、やれああしろこうしろと言ってくる親族や知人もおらず、診察も出産費用もすべてゼロ! で(もちろんその分高い保険料を支払っているわけですが)、なんというか、とても気が楽。
夫もしっかりと1ヵ月の“産休”を取る予定です。
 

さて、ドイツで臨月を迎えたわけですが

そういえば、こんなこともありました。
つい先日、私の乗っていた地下鉄の車輛に酔っぱらった老人が乗り込んできて、向かいの席に腰を下ろしました。
パンクなTシャツを着て、髪やヒゲは伸び放題。右手には瓶ビールを、そして左手にはなぜか、そのあたりで摘んできたようなスズランを握りしめています。
刺激しないほうがよさそうな雰囲気にそっと目をそらしていたら、数駅で立ち上がった老人が私に向かってスズランを差し出し、大声でいいました。

「Alles Gute!」

お元気で、あるいはおめでとう、などを指す親し気な挨拶の言葉。
彼はそう言って私の膝にスズランを残して立ち去ったのです。見れば、ほかの乗客もニコニコとその模様を眺めていた様子。思わずポカンとし、でも、思わぬ贈り物をもらったような出来事でした。

そして心強い味方なのは、ヘバメ(Hebamme)と呼ばれる、近隣に住む助産師。なにか困ったことや不安があればいつでも担当のヘバメに電話やメールで質問することができます。
入院予定期間は3日と短いですが、退院後はこのヘバメがすぐに自宅を訪問してくれ、授乳や沐浴の仕方を教えてくれるそうです。ヘバメが開催する全6回、計12時間の「出産準備クラス(Geburtsvorbereitungskurs)」も設けられていて、同じくらいのお腹を抱えた妊婦たちとともに、目下講義を受けたり、体操に励んだりしています。
そしてやはり、すべてが無料なのがうれしい。
 

さて、ドイツで臨月を迎えたわけですが

(出産準備クラスはリラックスした雰囲気の場所で行われています)

 
はじめての経験ですから、日本やほかの国の事情は伝え聞くほかはよくわかりません。
ただ、避けようもなくやってくる未知の日々を前に、異国の地(という言い方も古いですが)ながら驚くほど穏やかな日々と心持ちでいさせてくれることに感謝しています。

さあ、安心して出ておいで。
 

Posted by 溝口 シュテルツ 真帆

溝口 シュテルツ 真帆

▷記事一覧

Maho Mizoguchi Stelz
編集者、エッセイスト。2014年よりミュンヘン在住。自著に『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』(講談社)。アンソロジー『うっとり、チョコレート』(河出書房新社)が好評発売中。2017年、ドイツ×日本×出版をテーマに据えた出版社・まほろば社(Mahoroba Verlag)を立ち上げ。