PANORAMA STORIES
マダム・アコのパリジェンヌ通信”パリジェンヌの部屋着” Posted on 2023/07/22 Ako アーティスト/フリージャーナリスト パリ
こんこん!と、ちょっと用事があって、今ではすっかり気の知れた隣人たちの扉を、ある夕刻や週末にノックすることが時々あります。
「誰ですか?」と扉の向こうから声が聞こえ「アコよ!」と返事をすると、かちゃりかちゃり、といくつかの鍵を解く音が聞こえ(マジシャンのように泥棒が入るパリなので、どの家もセキュリーがしっかり。扉には二つ以上の鍵穴やチェーンがあります。)
ちょっとの間をおいて扉が開きます。
先日のパーティに作ってきてくれたパイのお皿を返しに行くためだったり、代わりに受けていた配達物を渡し行くためだったり、ちょっとした頼みごとのためだったり、ともあれ早朝や就寝前ではない限り、扉を叩いて隣人や友人たち同士は気軽に家庭を訪れ合います。
時間が許せば、もちろん「どうぞどうぞ、入ってアペリテフィフなどいかが?」とか「ちょっと入ってお茶を一杯どうぞ」。
仕事から帰って、シガーを一服と中庭へ出た旦那さんがなかなか戻らないときは、会社帰りの隣人と会って話しているうちに、ちょっと一杯とあのお宅にいるんだわ、と想像ができます。
年に一度、パリでは「ご近所さんパーティー(フェット・ド・ボワザン)」と呼ばれる、ワインにおつまみ、主食、デザート等を各自が持ち寄るガーデンパーティーがあり、隣人たちはお年寄りから赤ちゃんまでがすっかり顔見知り。
いや顔見知りを超えて、名前もちゃんと知っているし、何を勉強しているか、何の仕事をしているのかなども伝えあって仲良しになります。
そんなわけで私が知るパリの隣人たちは、家庭同士の距離が近くて、オープン。
パリがヴィラージュ(村)と言われる所以もここにあるのではないかと思います。
(田舎や郊外に住む人々は、もっと近くてオープンだと言いますが!)
ともかく、パリジェンヌたちの家を突然ノックすることの少なくない私は、彼女たちがお家でのリラックスタイムにどんな服を着ているかをよく知っています。
それは、パリに来たばかりの頃のちょっとした驚きでした。
彼女たちが、さっきまでソファーで映画に夢中になっていたり、お料理をしていたりしていたのを中断して扉を開いて現れる姿が「なんだかまた素敵…」なのですから。
もちろん、おめかしをているというわけでも、高級な服を着ているわけでもありません。
彼女たちはただ、家にいる時だからこその、自分のための自分らしい装いをしているだけ。
例えば?リラックスできるジーンズにお気に入りのコットンのシャツや、冬ならシンプルなセーター。
動きやすいワンピース。
しかしそのモチーフや、ラインに、その人の好みが現れています。
誰かのためにとか、何かのためにではない、自分が自分であるためだけの、リラックスできるその装いが、ノーメークにくしゃくしゃな髪をお団子にまとめた姿にまたぴったり合っていて、媚びがなくてさりげなく、なんだかクールな色気さえあるのです。
(まったく何度痺れたことか…と、四半世紀前のマリエルやナタリーの姿を今、思い出しています…)
今ではすっかりそれが日常になりましたが。
そのままの姿でパン屋さんにバゲットを買いにも行きますし、その途中で友人に会ったら二人でカフェによるかも知れません。
ちょっとした家からの延長で。
しかしそのままレストランへ行ったり、メトロに乗ることはありません。
あくまでプライベートな部屋着なのですから。
誰のためにでなく、自分のために心地よくいるその瞬間に、美を宿らせることができるなんて、なんて素敵だろうと思います。
Posted by Ako
Ako
▷記事一覧東京生まれ。1996年よりパリ在住。セツモードセミナー在学中にフリーライターとして活動を始める。パリ左岸に住みアートシーン、ライフスタイルなど、生のフランスを取材執筆。光のオブジェ作家、ダンスパフォーマーとしても日々活動。