PANORAMA STORIES
London Music Life 「音楽とアートが溶け合う ー Lucinda Siegerの世界」 Posted on 2025/03/11 鈴木 みか 会社員 ロンドン
初めて彼女のライブを見たとき、その空間に魔法がかかったようだった。
ロンドンのライブ会場、観客がざわめく中、ルシンダ・シーガー(Lucinda Sieger)は手に月のモチーフのついたスティックを持ち、ゆっくりとステージに現れた。その瞬間、会場の空気が変わり、まるで小さな劇場の幕が開いたようだった。
その後のライブでは、彼女は手に持った額縁を通して顔をのぞかせ、ステップを踏みながらミュージカルのように軽やかに歌い始めた。彼女の透き通る声とエネルギッシュなパフォーマンスに、観客は引き込まれていった。
ルシンダさんはスコットランド・グラスゴー出身のシンガーソングライターであり、アーティストでもある。1987年にアルバム「Sunset Red」をリリースし、1991年にはCongressとのコラボレーション曲「40 Miles」でUKダンスチャート1位を獲得。BBCの『Top of the Pops』では、U2やGenesisと肩を並べた。
彼女のライブは、温かく華やかだ。フェアリーライトや手作りの装飾が施されたステージは幻想的で、観客を夢の世界へと誘う。ステージと観客の間に壁はなく、「一緒に楽しもう」という空気が自然に生まれる。ギターを手にした彼女が微笑みながら歌い始めると、その優しく明るいエネルギーが観客へと伝わっていく。
彼女の創作は音楽だけにとどまらない。メイフェアにある自宅は、彼女の創造の場だ。壁には自作のフレームや絵が飾られ、窓際には立体的なオブジェが並ぶ。キッチンテーブルはアイデアを練る場となり、廊下や小さなスタジオルームまでもが、アートと音楽で満たされている。
ロンドンの大学では、ひとつの専門を選ぶことに疑問やプレッシャーを感じていたという。しかし、家具デザインの経験が、彼女の作品の立体感や空間の捉え方に影響を与えたようだ。その後、バービカンセンター前で、自作の家具を組み込んだ舞台セットを用い、ファッションや音楽を融合させたショーと映像を監督・プロデュース。音楽、アート、ファッション、舞台。その境界は最初からなかった。
彼女の作品には、立体的なフレームや窓が頻繁に登場する。それは、現実と想像の狭間に新たな視点をもたらす窓のようだ。彼女はライブでもアートでも、フレームを手に取り、その中で歌い、表現する。コロナ禍のロックダウンで外に出られなかった時期、窓越しに見る世界の意味が変わったという。そこから着想を得て、新たな作品も制作している。
また、彼女は病院でのパフォーマンスやギャラリー展示も積極的に行っている。「完璧な人なんていない。誰もが心の中に苦しみを抱えている。だからこそ、音楽やアートで人々の喜びや笑いを引き出したい」と、優しく微笑む。そんな思いはステージにも表れている。
彼女を投影したキャラクター、ハリエットの物語は、長年にわたり綴られている。机には、ぎっしりと書き込まれたスケッチブックが積まれ、毎日1ページずつイラストとテキストが描かれている。そのページは、日記のようであり、時には哲学的でもある。ハリエットは彼女の経験を映し出したり、時には彼女の代わりに世界を冒険したり、思いを言葉にする存在でもある。ハリエットの世界は、物語とアートが交差する小さな舞台だ。
彼女にとって、屋上はもうひとつの創造の場だ。コロナ禍では、近所の友人たちと屋上越しに話し、一緒に歌を歌ったこともあったという。青空の下、ギターを奏でる彼女の姿はロンドンの街の一部かのようだ。
ルシンダさんの生き方は、音楽とアートの境界を超え、自分らしく自由に生きることの素晴らしさを教えてくれる。彼女の世界に触れると、私も何かを創りたくなる。
彼女の楽曲は日本でも親しまれ、カフェミュージックの定番ともいえるコンピレーションアルバム「Merci〜Cafe Après-midi Revue」(30周年記念コンピ)にも収録されている。「日本でもいつかライブをして、ハリエットの物語にも新たな冒険を加えたいわ」と彼女は笑う。
Posted by 鈴木 みか
鈴木 みか
▷記事一覧会社員、元サウンドエンジニア。2017年よりロンドン在住。ライブ音楽が大好きで、インディペンデントミュージシャンやイベントのサポートもしている。