PANORAMA STORIES
佐伯幸太郎の美女と美食三昧 るんるん♪からの大ピンチ!! 「 L’Escudella」 Posted on 2017/02/11 佐伯 幸太郎 ライター パリ
るんるん ♪
ステファニーと7区にある巷で話題 L’Escudellaでランチの約束。ウキウキしてたら、そこに妻から電話!
「ダーリン、美味しいものを食べに連れてって」と来た。ゲゲっ。
忙しいから無理だよって断ったんだけど、「今日、仕事がないのはスタッフに確認済みよ、断ったらあとで後悔するからね」って最後の方はドスのきいた声で脅されちゃったよ。
なんか、嗅ぎつけられちゃった? まさか、この記事読んでる? 匿名で絶対分からないように書いてるのに。女の勘?
とにかく、すぐさまステファニーに熊本の母の容態が急変したので今日はキャンセル、と嘘の電話をいれといた。
レストランはステファニーを喜ばせようと予約しておいた話題のL’Escudella。2人のシェフ、人気テレビ番組TOP CHEFで2位になったポール=アルチュール・ベルランとジェローム・ローランはムーリスで働いていた時に出会ったらしい。そこに脱サラしてレストラン経営をはじめた俺の昔からのダチ、オレリアンが加わって、このカジュアルなガストロノミーフレンチをはじめることになったんだ。
めちゃ美味いんだよ。安いのに高級、文句なし。なのに一度も妻を連れてきたことがない。
順子(仮名)は勘が鋭い。気を付けろ!
今時、ワインなんか売れないし、美容関係の仕事をしている妻の稼ぎの方がいいもんだからさ、頭が上がらない。
ついでにあっちも上がらない。ま、ともかく、愛妻家ってのはね、妻に尽くしてなんぼみたいなとこがある。
尽くしながら、陰でカワイ子ちゃんを口説く、そこに男の美学がある。わかる?
恋愛しようなんて思っちゃいない、口説くことが大事なんだよ。
同じように愛妻家であることが大事。
美食ってのはうまいものを探すことじゃない、日々を美味しく追及することさ。
おめかしをした妻と向かい合う。
若くない女性と来るのは珍しいから、最初にこっそり、オレリアンに「あれが妻だ」って耳打ちしておいた。
そしたら、頼んでもないアミューズを3つも出してきやがった。
余計なことするな! はじめて来た店ってことにしてあるのに。
「前菜も美味しいわ。安いし、ほんと? 前菜が10、メインが20ユーロ? で、アミューズが3つ?」
「シェフは元ムーリスのアレノーの下で働いていたジェローム・ローランだ。独立したばかりだからさ、値段をぐんと下げてるんだよ」
「よく来るの?」
思わず、前菜のブイヤベースのジュレを口から吐き出してしまいそうになった。いいや、白状すると2回目かな。
えへへ。仕事関係のやつに紹介されて。
「順子(仮名)、それ、美味しいだろ?」頼む、話題を変えてくれ。
「ええ、とっても。ガンバスのお刺身? とってもきれいな盛り付けね。若いお嬢さんとか喜びそう。仕事関係の人ってもしかして女性?」ジュレを再び吹き出しそうになった。
オレリアンが飛んできて、ワインのボトルを得意げにドンと二人の間に置いた。
コータロー、これは店からだ!
「2014年のGEVREY-CHAMBERTIN ドメーヌはTRAPETだぞ」
くそ、余計なことするなよ? ほっといてくれ。
「あの、うちの人、ここによく来るんですか?」
オレリアンの足を蹴ろうとしたんだけど、間違えて、順子の足を蹴っちまった。驚いた順子が飲んでいた白ワインをこぼしそうになる。
オレリアンが何か言いかけたので、デキャンタしろ! こんないい酒すぐ飲めるわけないだろ? って大騒ぎ。くそ、なんとか切り抜けた!
デキャンタだ、人生もワインもデキャンタに限る。
ワインが開くまでの間に、と、今度はシェフから二人に一皿ずつ卵のフライの前菜が届けられた。見た目はコロッケだ。なんと、半熟卵をフリットしてある。フォークで突き刺すと中からトロッと黄身があふれ出した。
卵好きの順子は大喜び。おいしいおいしい、と唸りながら頬張っている。あはは、古女房も一緒にデキャンタしてもらう?
最高の赤ワインに相応しい、肉料理を注文した。俺が子豚の胸肉のコンフィ、妻が子羊の鞍下肉のハーブ焼き。どちらもしつこくなく、しょっぱくもなく、でも、めちゃくちゃジューシーで、歯ごたえもよく、文句なし。
黄金期のムーリスの味に似ている。天才アレノーのところで長年働いていただけあって、どこまでも繊細で食材の風味を損なわない料理ばかり。
妻はご満悦、俺はひやひやどきどき心臓が痛む。でも、愛妻家なんだから、しょうがない。これでよかったのかもしれない。やっぱり妻を愛している。いや、ほんと。
オレリアンが肉を運んできた。羊肉のなんと淡いロゼの色合いだろう。子豚のローストには海の幸、イカ墨の自家製麺、わかめ、クトーという珍しい貝が添えられてある。子豚ちゃんに海の味って、ものすごいマリアージュ。でも、めちゃくちゃ美味い。天才をちゃんと引き継いでいる。
シェフのジェロームがキッチンの方から顔を出し、俺にウインクを送ってくる。無視。
「ところでダーリン、今日がなんの日か知ってる?」
来た!まさか、誕生日ってわけないよな? 俺はポーカーフェイスで恍けてみせる。にやにやごまかした。順子も嫌らしい感じで微笑んでくる。わあ、ピンチ~。こういう展開、辛すぎる。
浮気者の愛妻家って命がけ。男ってのはそういう動物なんだよ。別に本気にはならない、ただもてたいだけなんだ。いや、浮気ってほどのものじゃない。人生の遊びに過ぎない。
カワイ子ちゃんとのデートは夫婦円満を保つための予防接種みたいなものなんだってば。予防接種だ! 注射は痛い。
「結婚記念日でしょ?」
時間よ止まれ! 思わず矢沢永吉を歌ってしまったじゃねぇか。
「だから、最初に行ったでしょ? 今日、断ったら後悔するわよって」
そう言ったかと思うと、妻がハンドバックから小さな箱を取り出し、俺にすっと差し出した。受け取り、冷や汗をかきながらそいつを開けると、中からモンブランの万年筆が。kotaro。名前が彫り込んである。汗は静かに顎先へと流れ落ちた。俺は微笑んだ。順子も微笑んでいる。
すると、扉が開いて、おーまいごっど。ステファニーのご登場ときた! 若い今時の男を連れている。誰だそいつ! 背中を向けている順子には見えない。
ステファニーは俺を認めるなり、指先を天井に突き上げ、トランプ大統領の演説の真似をやってみせ、金髪を振り払った。俺は、いったいどうしたらいい?
もしかして、大ピンチ?
Posted by 佐伯 幸太郎
佐伯 幸太郎
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ライター。渡欧25年のベテラン異邦人。ワインの輸入業からはじまり、旅行代理店勤務、某有名ホテルの広報を得て、現在はフリーランスのライター。妻子持ちだが、美しい女性と冒険には目がない。モットー、滅びゆくその瞬間まで欲深く。