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佐伯幸太郎の美女と美食三昧 ずるいよ君はずるいよあんな奴と「PHILOU (フィル)」 Posted on 2016/12/14 佐伯 幸太郎 ライター パリ

佐伯幸太郎の美女と美食三昧 ずるいよ君はずるいよあんな奴と「PHILOU (フィル)」

確かに俺には妻子がいる。愛妻家と言われればそうかもしれない。

でも、俺はカワイ子ちゃんと食事をするのが好きだ。妻もそのことを知っている。
俺は自分が若い子を口説きながらも、決して彼女らが俺のことを好きにならないことを悟っている。
結局、順子が一番なんだ。

この際だからはっきり言っておく、俺は不倫をしたことがない。浮気だけだ。
それもレストランで食事をしている間だけの浮ついた気持ちに過ぎない。

妻の順子以外の女を愛すことはない。

佐伯幸太郎の美女と美食三昧 ずるいよ君はずるいよあんな奴と「PHILOU (フィル)」

マブダチのフィリップ・ダマが、5年前に開いたレストランに久々足を運んだ。
昔ながらのビストロのあり方を守ったどこまでも気取らないレストラン。
パリジャンをみんな詩人に変えちまうサンマルタン運河沿いでひっそり営業してる。

順子のこともよく知るフィリップが注文もしてないのにビオの白ワインを持ってきた。
俺の横に座るイギリス女のマチルダに「これは店からのサーヴィスだよ、カワイ子ちゃん」と囁き、ウインク。
いっとくがフィリップの嫁さんは有名な女優、もちろんこいつも愛妻家だ。

パリジャンにとって女を口説くのは、挨拶みたいなもんなんだよ。

佐伯幸太郎の美女と美食三昧 ずるいよ君はずるいよあんな奴と「PHILOU (フィル)」

フィリップとは女の趣味もばっちり一緒。
「くそ、マチルダちゃん最高だね」と俺に耳打ちしてウインク! 気心の知れたフィリップだ。
俺の食、ワインや女の好みも心得ている。
いつもの蘊蓄はひとまず置いて、今日の料理はフィリップにお任せってことにした。

俺はマチルダの瞳を見つめ、紳士道を究めることに。

佐伯幸太郎の美女と美食三昧 ずるいよ君はずるいよあんな奴と「PHILOU (フィル)」

エペルランという魚のフリットがテーブルの真ん中に置かれた。パリのシシャモと呼んでいる。
レモンとタルタルソースが添えてある。珍しく手作りのタルタルソースだ。
どこもかしこも今時のカフェやレストランは業者から買ったものを平気で出す。

でも、ここは違う。全てが手作り。
手作りマヨネーズにケッパーが効いて、レモンを軽く絞った揚げたてのサクサクフリット、実に美味い! 
懐かしい本物のビストロの味だよ。

「マチルダ、フリットはフォークなんて使わず手でつかんで食え」とフィリップ。
おいおい、人の恋路を邪魔するな。

赤毛のマチルダがフリットを手づかみで食べる姿は実にエロティックだ。
俺の横で、フィリップが鼻の下を伸ばしながら微笑んでいる。

しっ、あっち行け、フィリップ!

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前菜は上品に鰹とアサリの軽やかな一皿。
しっかり薫製された新鮮な鰹に、ぷりっぷりのアサリ。
薫製のほろ苦さや貝の濃厚な旨味汁に、芽キャベツや数種類の香草が爽やかにマッチする。

若い子がアサリの殻に唇を当てて、甘噛みするような感じで身をきゅっと吸い込むところがなんともいいねぇ~。
思わずニヤっと口角が緩んでしまい、横を見やれば、おお、フィリップ! 

俺の真横で微笑むな!

佐伯幸太郎の美女と美食三昧 ずるいよ君はずるいよあんな奴と「PHILOU (フィル)」

山ウズラのパイ包みがメインに登場。
これは素晴らしい! こんもりとした丸い小さなパイ包みを開くと、フォアグラ、山ウズラの二段重ね。
鮮やかなキャベツが色彩を添える。しっとりしたウズラとトロトロのフォアグラがサクサクのパイに包まれている。
濃厚な野性味溢れるウズラのソースが絡む。

マチルダの舌先が赤い唇に付着したソースを舐めた。ああ、なんてエロティックなんだ。くそ。
俺は順子に申し訳なくなった。
フィリップがカウンターから俺にウインクを送ってくる。俺も思わずウインクを返した。

マチルダ、デザートはお前だってか。あはは。

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デザートはサクサクで軽やかなメレンゲと濃厚マロンクリームとバニラのアイスに、青リンゴのソースと冷たいフレッシュみかんが口で弾ける一品。申し分ない。
俺はマチルダを口説きにかかる。
するとまたしても声が俺を引き留めた。フィリップか?

「佐伯さん、お久しぶりです」

振り返ると背の高い日本人が・・・。お、ここの前田シェフだ。
フランスビストロ界の重鎮、ティエリー・ブルトン氏を師と仰ぐ、本物の、そして孤高の料理人。

パリの日本人料理人たちは二種類に分かれる。
つねに日本人同士つるんでいる奴らか、前田のような孤高のサムライか。
俺はサムライ前田が好きだ。俺も誰ともつるまない。つるむのはカワイ子ちゃんだけ。

友達がいない前田シェフは毎晩妻子を前にギターを爪弾き歌ってる。
一度、家に招かれ、素晴らしい肉料理をごちそうになったことがあった。
そうだ、思い出した、こいつ長渕剛の大ファンで、下手な歌を聞かされたっけ?

「おい、まだ長渕歌ってるのか?」
「いやだな。お客さんの前で言わないでくださいよ。僕は長渕さんの昔の歌が好きなだけです」

そういうといきなり口ずさみはじめた。

「順子、君の名を呼べば、僕は切ないよ~。順子~」

フィリップがやって来て前田の肩を抱きしめる。
順子はやめろ! 順子だけは歌うな。
フィリップまでもが一緒に歌い出した。私はそそくさと席を立つ。

「マチルダ、ちょっとすまないが酔った。サンマルタン運河の夜風にあたってくるよ」

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Kotaro Saeki
ライター。渡欧25年のベテラン異邦人。ワインの輸入業からはじまり、旅行代理店勤務、某有名ホテルの広報を得て、現在はフリーランスのライター。妻子持ちだが、美しい女性と冒険には目がない。モットー、滅びゆくその瞬間まで欲深く。