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佐伯幸太郎の美女と美食三昧「なんてこった、ラ・カンティーナ!」 Posted on 2017/06/03 佐伯 幸太郎 ライター パリ

どひゃ~。
なんてこった! なんでこうなるんだ! こんなことがあっていいのか? まんまみ~あ!
娘の理沙に呼び出されたので、いいねいいね、娘とデートだよ~ん、と仕事を早めに切り上げいそいそ待ち合わせのレストラン、ラ・カンティーナに行ったまではよかったが…。

「あの、君、だれ?」
なんと、理沙の横に見知らぬ男が。
「あ、あのパパ、紹介するね。恋人のマリオ」
「恋人? マリオ君?」

理沙の横のひょろっとした奴が微笑みやがった。イタリアンスマイルだぁ。なんだと? 今日はそういう話か、俺はすでに不機嫌だ。ならば帰る。

ちょっと、ちょっと待ってよ。
「パパ、なによ、せっかくパリで一番美味しいナポリ料理の店を予約したのに」
給仕は全員いかしたイタリア女性、その一人が「ボンジョルノ~」と口説きたいくらい素敵な笑顔でやって来た。
ということで、今日はナポリ料理だ。
 

佐伯幸太郎の美女と美食三昧「なんてこった、ラ・カンティーナ!」

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ちなみにマリオもナポリ人。なぽりた~ん、あんぽんた~ん。

「ぼんじょるの。あ~ゆ~なぽりたん? う~びあん、フランセ? う~ぱ?」
「あの。お父さん、ぼく、日本語大丈夫ですから、どうぞ、日本語でお話してくださ~い」

な、ななな、お、お父さんだと? オーマイガー! このひょろっとした優男のなぽりたん野郎にお父さん呼ばわれ。くそ、佐伯幸太郎、50歳。とっても不愉快である。
マダムが大皿に盛った前菜(アンティパスティ)を持ってきて、テーブルの上にぼんと置いた。ボナペティート!

「ぼくらナポリ人が認める本場の店で~す。適当に美味しそうなところを注文しておきました。まずは前菜で~す。野菜のマリネがとっても美味しいで~す。お父さん、どうぞ」

どひゃ~。となりで一人娘の理沙が幸せそうに微笑んでいる。なぜか、納得できん。
手塩にかけて育ててきた一人娘の理沙を、こんな、こんなマリオカート野郎に。
 

佐伯幸太郎の美女と美食三昧「なんてこった、ラ・カンティーナ!」

佐伯幸太郎の美女と美食三昧「なんてこった、ラ・カンティーナ!」

マダムおすすめのサルデニアの白ワイン、ANGHELIAをグラスに注がれたが、乾杯をする前に、口をつけてやった。えへへ。どうだ、小さな報復だぜ。け、心狭き日本人をなめるなよ。乾杯なんか絶対してやるものか。

もう、パパ、乾杯くらいしてよ、と理沙が口を尖らした。やだよ。やなこった。ぱんなこったぁ!

「お父さん、実はお話がありま~す」
「待て! 俺は君にお父さんと呼ばれる筋合いはないし、お父さんになるつもりなんか一切ない。孫の顔とか見たくないし、娘に負けないくらい若い子を口説いていたんだよ」

どうやら、今日はそういう話らしい。苦手なんだよな、こういうドラマチックな展開。それに愛する娘をこんなのに、こんなスパゲッティ野郎に奪われるかと思うと悔しくて悔しくて、恋人を奪われたみたいな怒りばかりがこみ上げてくる。
ああ、理沙、お前、なんてことを。なんてこと? ことだと? こと、しちゃった? 待てよ。ってことは、きゃ~~、れもんちぇろ?

「何?」
「いや、なんでもない。知らん。なんでもない。俺の顔を見るな」
「お父さん、どうされましたで~す?」
「うるさい、よせ、そんなこと、信じるものか。あり得ないことだ! ぱんなこった、ぶるすけった、ばけらった!」
「パパ。どうしたの? パンナコッタ食べたいの? なに? ねぇ、いい話でしょ? 私はもう23歳だし、彼はナポリに家も持っているし、失業率の高いイタリアでちゃんと会社にも務めてるし。確かに、バツイチで子供が一人いるけど、いい子よ、アンジェロっていう名前なの、かわいい名前でしょ。孫付きよ。前の人とは円満な離婚だったから、きっと私にもなついてくれる…」
「ちょっ、…なんだと…なんてこった、ぱんなこった…」
 

佐伯幸太郎の美女と美食三昧「なんてこった、ラ・カンティーナ!」

新鮮な素材をいかしたナポリ料理。市場から直送の魚を選んでグリルするわけ。あら塩とオリーブオイルとレモンだけで食べる。
なのに一皿、60ユーロ(7500円)。チェック柄のさえないテーブルクロスなのに、漁師が釣った魚をそのままグリルするものだから一皿がかなり高い。でも、その価値はある。頭にきていても美食家佐伯の舌に狂いはない。星付きレストランよりも高いかもしれない。でも、たしかにナポリ人御用達の店である。お客さんはほとんどがイタリア人だ、つまり本場ということだ。

理沙が『私が今日は払うから』というので喜んで飛んできたのに。高くて美味いのにはわけがあった。
 

佐伯幸太郎の美女と美食三昧「なんてこった、ラ・カンティーナ!」

理沙がポルティーニ茸のパスタ(28ユーロ、3500円)、マリオがラングスティンなどの魚介がふんだんに入ったリゾット・ア・ラ・ペスカトーレ(45ユーロ、5625円)を注文。
俺は「お前らが払うんなら普通のでいい」とペペロンティーノを注文したが、このぺぺろんちゃん。めっちゃ、美味かった。怒ってるのに、ついつい手が出てしまう美味しさ。50年も生きてきたが、こんなのはじめてだ。太麺で、しっかりと味が絡んでくる。
どひゃ~、今日は、どひゃ~の連続だ!
 

佐伯幸太郎の美女と美食三昧「なんてこった、ラ・カンティーナ!」

佐伯幸太郎の美女と美食三昧「なんてこった、ラ・カンティーナ!」

高い、でも、美味い。テーブルクロスのチェック柄だけが許せないけど、そこが気取らないナポリ人らしさなのであろう。気が付けばイタリア系の紳士淑女で満席だ。マリオ曰く、端っこに陣取っているのは「イタリア大使館の関係者で~す」だと。なんで、そんなことわかるんだよ。

「ベルルスコーニとかカワイ子ちゃん連れて来そうだな」
と冗談を吐き捨て、げしげし、品のない笑いをしたら、テーブルの下で娘に蹴られた。マリオが「ベルルスコーニさんの会社で働いていま~す」と笑いながら言った。やれやれ、どこまでが本当で、どこからが嘘なんだ。
全部嘘だと言ってくれ! おっそぶっこ~、さるてぃんぼっかぁ~~!
 

佐伯幸太郎の美女と美食三昧「なんてこった、ラ・カンティーナ!」

ナポリ人のシェフが出てきて、フランス語で、いかがでしたか? と言った。アルカンジェロ・コッポラという映画俳優みたいな名前であった。
やはりナポリ人だ。マリオにどこか似ている。俺はじっとそいつの顔を見て、悔しいけど、世界一のナポリ料理だったぜ、と捨て台詞を残しておいた。ふと見ると、マリオが娘の肩を抱きよせていた。
お、キスか? く、てめ~、この野郎。なんてこった、てぃらみすぅ~~~。
 

佐伯幸太郎の美女と美食三昧「なんてこった、ラ・カンティーナ!」

Posted by 佐伯 幸太郎

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Kotaro Saeki
ライター。渡欧25年のベテラン異邦人。ワインの輸入業からはじまり、旅行代理店勤務、某有名ホテルの広報を得て、現在はフリーランスのライター。妻子持ちだが、美しい女性と冒険には目がない。モットー、滅びゆくその瞬間まで欲深く。