PANORAMA STORIES
共働き夫婦の救世主、自宅保育士 Posted on 2021/03/11 尾崎 景都 日本語教師 パリ
日本では、人がいっぱいで保育園に入れない「待機児童」が度々話題にのぼるが、フランスも同様だ。育休取得中で職場復帰を控える私にとってもこれは悩みの種であった。出産前から居住地の市役所へ登録したのに、1歳を過ぎても良い返事がもらえない、という話もザラにある。その他、民間の団体が運営している保育園もあるが、どうしても高くなるので手が伸びない。
そこで、フランスの多くの家庭が利用しているのが、Assistante maternelleによる自宅保育だ。Assistante maternelleとは保育士のことで、もちろん保育園で働いている保育士もいるが、フランスには自身の家で子供を預かる自宅保育士も数多く存在する。
いきなり赤の他人の家に子供を預けるって不安じゃない? と思った人もいるだろう。他ならぬ私も最近までそう思っていた。
フランスには各自治体にRAM(Relais Assistante Maternelle)といういわば保育士センターがあり、そこには資格を持った公認の保育士が多く登録されている。RAMでは保育士の斡旋や児童センターの運営などの他、自宅保育をしている保育士の家を抜き打ちで訪問し、安全面や衛生面などのクオリティが保たれているかを調査、管理している。また、自宅保育をするには、資格保持はもちろんのこと、家の広さや内装など決められた条件を満たしていないといけない。RAMの方の説明は丁寧で、自宅保育は信用に足る制度なのだと理解した。
自宅保育を検討するなら、まずRAMに電話をして、登録保育士のリストを送ってもらう。その中から家や職場近所の保育士を探し、コンタクトを取り、面接をして、条件が合えば契約となる。保育士1人が預かれる人数は、3歳以下は4人まで(条件によっては3人まで)と制限があるため、こちらの初動が少し遅れると、空いている保育士を探すだけでも難儀する。長期戦を覚悟して、とにかく片っ端から電話をかけないといけない。
結論、最初に面接したマダムに決めた。条件を聞いても、自宅保育士に関して初心者の身では「普通」「大体」が分からない。そうなるとあとは人柄、そして自身の直感。彼女はモロッコ人で、彼女の夫はチュニジア人。この仕事は10年以上やっており、自身の3人の子供はずいぶん前に成人して家を出ている。面接時に連れて行った我が娘を見つめるマダムの表情が愛に溢れていて、すぐにお願いすることに決めた。彼女は自宅で預かる子供を2人と決めていると言った。彼女にとって、子供と真剣に愛を持って接するには2人が限界なのだそうだ。更に、彼女はイスラム教で、公共の保育園内では髪の毛を隠しているスカーフを取らないといけない決まりらしい。マダムは「それはちょっとね、嫌だったから」と苦笑していた。
そういう文化は身近にないとなかなか習慣として覚えられない。異文化の家庭へ子供を預けるのは、子供が早いうちからそういった文化や習慣を学ぶ良い機会にもなると思った。
契約を結ぶのは少し面倒で、子供の親が雇用主となり、国の機関に雇用主としての登録をし、従業員として保育士を登録し、給与も毎月申告しなければならない。個人同士の契約とはいえ、雇用主と従業員がいる、いわば一つの小さな会社。有給休暇などの制度もしっかりしている。右も左も分からない状態でのスタートは不安だが、その辺りは契約書作成から給与の相場、援助の申請方法までRAMの方が分かるように説明してくれる。
自宅保育を利用した周りの親御さんに話を聞くと、結果的に満足しているという声が多い。援助があるとはいえ公立の保育園よりは割高で、毎月の申告も面倒だが、少人数保育なので必ず保育士の目が届くし、病気ももらいにくい。食事や遊びなどで自分の家とは違う家庭の習慣を学べるし、家族のように信頼できる人が家庭以外にいるというのも子供にとって良かったと言う。
話を聞いて思うのは、自宅保育をしている保育士は「保育士」ではなく「乳母」と言った方が感覚的に近い。私も面接の時に感じたが、仕事として面倒を見ているというよりは、もはや「第二の母」然とした温かさがあった。
「契約時間なんて気にしないで。時間外でも必要だったらいつでも呼んで。近所なんだし、近くを通りかかったら遠慮なく遊びに来て。それから今度、一緒に日本料理作りましょう! うちの娘も大好きなの」と、こちらが相槌を打つ間もないくらいに楽しく喋る喋る。
我が家の0歳娘の日常は、おしゃべり大好きモロッコマダムへ託されることとなった。
Posted by 尾崎 景都
尾崎 景都
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パリ第7大学 言語音声学科 修士課程修了後、日本語教師として活動中。夫は料理人。