PANORAMA STORIES
カルメリーナの畑から Posted on 2017/01/10 八重樫 圭輔 シェフ イタリア・イスキア
「誰かカルメリーナのところに行ってきてくれる?」
これは我が家ではよく聞かれるセリフのひとつだ。
それは、例えばトマトを切らせてしまった時、ナスやジャガイモが少し必要な時、夕飯に何かもう一品ほしい時。
カルメリーナは我が家とは目と鼻の先に住んでいて、そこから50メートルほど離れたところで”コッパ農園”をご主人のジュゼッペと営んでいる。
ジュゼッペはカルメリーナより20歳も年上で今年81になるけれど、今でも毎日畑を耕している。
もともと、この畑は彼のおばあさんが他人から借りて耕していたそうで、後に彼が買い取ったものだ。
畑でとれた野菜は自宅の軒先で直売されていて、家が留守の時は大体畑にいるので、そこで直接野菜をもらう。
「トマトを1キロとペペローネを5、6個。あったらブロッコリーとウイキョウもね。お金が足りなかったら後で持ってきますって」
野菜を買いに行くのは主に子供たちの仕事で、彼らのはじめてのお使いはみんなカルメリーナのところだった。
そして、畑の中での歩き方、野菜の収穫の仕方、お金の数え方まで、いろいろと教わってくる。
野菜たちは昔ながらの天秤で量られて、お金を払った後にいつもたくさんの”おまけ”をしてくれる。
時には特製のジャムや瓶詰をくれることもあるし、お昼ご飯をご馳走してくれることまである。
彼らはとっても気さくで話が面白くて、考え方がとても広い。
かけ引きのない付き合いができる隣人を持つということはとても幸運なことだ。
イスキアではそういう近所付き合いがまだ色濃く残っている。
畑はフンノ通りというところにある。
フンノとは方言で”底”を意味し、その名の通り、畑は周囲よりも数メートル低い窪地のようなところに広がっている。すぐ脇には中世の見張りの塔がそびえたっている。
平坦な土地の少ないイスキアでは、そこそこ規模の大きい類に入るのではないだろうか。
葡萄の収穫時などの繁忙期には手伝いを呼ぶこともあるけれど、基本的にはすべての作業を2人だけでしている。
3人いる子供たちは島の外で暮らしているが、帰ってきた時には農作業を手伝う。
そして彼らもとても素敵な人たちだ。
コッパ農園は僕にとって、イスキアの象徴のひとつ。
食はイタリア旅行の大きな楽しみだけれど、ここイスキアは魚介類はもちろん、野菜が最高においしい。
温暖な気候と、ミネラルが豊富な土壌、そして何よりも昔ながらの耕作法のせいだろうか。
コッパ農園では、もちろん農薬は一切使わない。
雑草や虫とりはすべて手作業だし、水やりや種まきにも昔から受け継がれてきた知恵を使っている。
収穫が終わると種をとり、それをまた蒔いて育てる。
去年の春先にひどい雹が降って、収穫前の作物たちが大被害を受けた事があった。
畑は目も当てられないほどで、2人とも落ち込んでいた。
でも、愛情をこめて耕している土と、生命力の強い野菜たちはその後、驚くほどの回復力を見せた。
そうした野菜たちは、市販のものと何が違うのだろう?
まずはなんといっても味が違う。濃い。
決して主張が強すぎる味ではなくて、”ああ、この野菜はこういう味だったんだ”と気づかせてくれるような。
そして、煮込んだり揚げたりしても形が崩れない。
甘やかされず、しっかりと育った彼らは歯ごたえが残るのだ。そのうえ日持ちも良い。
市販のものよりも、徐々にしなびていく感じで、しばらくしてから食べてもおいしい。
イタリアでも土壌汚染が問題になっていて、特にナポリ近郊では深刻な状況の地域もある。
その点イスキアはまだ心配がないし、自分が知っている確かな畑の作物を食べられるというのは
貴重な事なのかもしれない。
イスキアでは、趣味で畑をしている人もたくさんいて、そのお裾わけにあやかることも多い。
ズッキーニや南瓜、ナスやキャベツにカリフラワー、無花果やオレンジ、ザクロにアプリコット、、、
葉っぱや土や、時にはカタツムリがついたままの彼らの”作品”を誇らしげに持ってきてくれる。
人情と共にそれらを噛みしめると、この島に住んでいる事が改めて幸せだと思う。
我が家も子供が4人になり手狭になってきたので、引っ越しの話題もちらほら出ている。
しかし、カルメリーナのところを離れてまで引越したいような物件は、今のところ見つかっていない。
最後に、カルメリーナに現在の農業と世の中について、どう思っているのか聞いてみた。
「今はなんでも過剰な世の中だと思うわ。物であふれかえっているけれど、心は貧しくなってきている。作物も、確 かなものを必要な分だけ生産するのがいいのよ。私たちはいつも誠実であるようにしてるわ。嘘をつくことは何の 得にもならないからね。全てのことは愛情と忍耐によってなされるの」
きっとたくさんの〝コッパ農園”があるのだろう。大小さまざま、イタリアにも日本にも。
彼らの仕事がもっと評価される事を願う。
彼らは地球を耕しているのだ。汗を流して、愛情をこめて。
Posted by 八重樫 圭輔
八重樫 圭輔
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シェフ。函館市生まれ。大学在学中に料理人になることを決め、2000年に渡伊。現在は家族とともにイスキア島に在住。