PANORAMA STORIES
英語が苦手な中年パパの 西オーストラリア専業主夫日記3 Posted on 2016/12/08 佐藤 カナメ 主夫 オーストラリア・パース
君たちは怒るだろうか?
家族で出かけるとき、つい1年前まで父がいつもカバンに忍ばせていた物を知ったら・・・。
それは君たちのパンツだ。もちろん、君たちが十分お兄さんになっていることは、わかっていた。
でもなんだかいつも心配で、もういいだろう・・・と毎回カバンから出すのだけれど、最後にやっぱり戻す、
ということを繰り返していた。
でも、君たちが小4と中1になった頃、父もさすがに自分がバカなんじゃないかと思って、
ジップロックに密封した「パンツ袋」を開けてみた。
すると、あれ? なんとパンツの小さいことか! 今、君たちがはいたら超ビキニだよ!
パンツを大きいものに取り替えるのを2年位忘れてた。
パースに引っ越してきてから最初の冬休み(こちらでは7月)、家の中も落ち着いてきたので、また旅行へ行こう! ということになった。我が家では、次男が小学校へ入ってから、家族で海外旅行をはじめた。
行き先は、友人がいるか、大好きな博物館があるか、海がキレイか、などなどで決まった。
今回の旅の目的は、パースを起点に今いる自分たちの世界を広げること。
まわりにいろいろ聞いてみると、初心者にはパースから南へ車で3時間ほど行ったところにあるマーガレット・リバーと言うところがいいらしい。みなさん、是非行ってみよ、と言う。
そうなんだ、と地図を見てちょっとビクついた。思ったよりパースから離れている・・・。
パースは日本の「南極観測船しらせ」の南極前最後の寄港地。パースから南下すると、そこは南極。
だから、私は南へ意識が向かうと、いつも突然頭の中で白い南極大陸が近づいてくる。
そこまで近くはないし、考えすぎなのはわかっているが、いつもちょっとだけドキドキするのだ。
気を取り直してそのマーガレット・リバーを調べ始めると・・・地中海性気候の中、美しい風景に点在するワイナリーやレストラン、巨大な洞窟や数々のサーフポイント、巨大なカリ(ユーカリの一種、樹高80メートルに達する)の木立の中を走り抜けるドライブウエイ・・・全体が国立公園になっていて、
大自然の中、様々な楽しみ方のできる素晴らしい場所だった。
いいねぇ!
すぐに安心して気が大きくなり、マーガレットリバーには帰りに寄ることにして、さらに南下を続け、
ちょっとだけワイルドなところへ家族で泊まってみよう・・・と探し始めると、ありました。
巨木の生い茂るワレン国立公園のただ中に、ポツン、ポツンとコテージが・・・。
英語が苦手な私は、旅行サイトをのぞき込みながらひたすらクリックを続けて予約完了。
ふふふ、みんなビックリするぞ。
そして当日、いちばんビックリしたのは私でした。
コテージなので自炊。田舎町のスーパーで食材を買い込み、ナビの言うとおりに進む。
それでも不安なのは、目的地を自分で打ち込んだからで(ナビの地図には出てこない)、住所はアバウトだし、画面の一本道は糸みたいに細い。
夕方になり、日が傾いてきた。
ガタガタと未舗装のダートを進むにつれ、カリの木々は高さを増し、巨人の国に迷い込んだような錯覚に襲われる。
もちろん外灯など無く、木々に日を遮られて薄暗い。
おしゃべりな息子達が黙り込む。
心配になった妻はすかさず携帯を取り出し「宿にこの道でいいか聞いてみる! 圏外だ・・・」。
こうして、家族全員が「本当にこの道で大丈夫なの!?」を等しく体験したところで、小さな看板が見えてきた。
着いてみれば、拍子抜けするほどオシャレなレセプションが母屋にあり、それぞれのコテージはそこからさらに車で5分くらいのところへ点在していた。
コテージはよく手入れされていて、清潔で言うこと無し。
但し、シャワーは貯めた雨水で、この時期欠かせない暖房は素朴な暖炉。
外はもう薄暗く、冷たい雨が降り始めていた。
子供たち「えー雨水!」妻「えー暖炉だけ!?」大丈夫かなぁ、と全員が思ったところでふと窓の外を見ると「うぁ、いっぱいいる!」私たちはまわりをカンガルーたちに包囲されていた。
オーストラリアへ来てからはじめて間近に見る野生のカンガルー! 全員が部屋から飛び出した。
その後、子供たちは森の香りがする雨水の風呂に大喜びで浸かり、
妻は文句を言いながらも外に置いてあった湿った薪を器用に乾かして、見事に暖炉で部屋を暖めていた。
みんな、やるじゃん!
翌朝、私は一人で起き出して朝食の支度をしていた。
しばらくすると、さっきまで寝ていた長男が、パジャマに上着を羽織ると、
森に面したコテージの引き戸を開けて一人で歩き出した。
朝靄の中、まるで家族と来たことなど忘れてしまったかのように、まっすぐ前を見ながら、彼はコテージから離れていった。そして、森と自分だけの世界に足を踏み入れた。
その時、私は嬉しいような、寂しいような気持ちになった。
自分の求める方向へ、自分の意思で進む。
こういう瞬間が積み重なって、子供は自立していくのかな。
だとすれば、今日の君の「自立」はたった5分だけだったけれど、父はしかと見届けたぞ。
振り返った時の君の笑顔は最高だった。
きっとあの時はもう、父の「パンツ袋」のパンツは小さくなっていたんだね。
Photography by Kaname Sato
Posted by 佐藤 カナメ
佐藤 カナメ
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主夫。プロダクションに籍を置き、テレビ番組をひたすら作り続けて20余年。2013年に退職。2014年に家族とともにオーストラリアへ渡る。妻、息子2人の4人家族。現在は妻が日本で働きながら日豪を往復。本人は英語に四苦八苦しながら、子供の世話に追われる毎日。