PANORAMA STORIES
「オーバー・ザ・レインボウ」そこに何が見える? Posted on 2017/05/23 石井 潤一郎 美術作家 パリ
「アート」とひとことに言ってもその技法はさまざまであり、「アーティスト」とひとことに言ってもその活動は多岐にわたる。
私の場合は、パリで細々と独立自営業を営んでいるようなものなので、冬の間にこつこつとコンペティションにアプライするか、あるいはどこからか依頼が入って来たら、それに合わせてプランを練る。
つまり展覧会のコンセプトに合わせたカスタム・メイドのような制作方法で、たいていは春先か秋口に仕事が集中する。
設置する「現場」を考慮したこの作品の形態を、一般に「サイト・スペシフィック・アート」と呼ぶ。もともとは地理的な意味合いであった「サイト」を、私は「土地の文化」にまで拡張し、「カルチュアル・スペシフィック・ワーク」として展開している。
ここで私が「文化」と呼ぶものは、その土地で古くから行われてきた自然とのつき合い方を指す。
だから多くの場合作品は、土地の人には日常的だが、私にとっては非日常的なもの、言語や習慣、民話、伝承、ことわざなどに着想を求める。
これら土地の文化は、時にとんでもないイマジネーションを内包している。一見して理解の及ばない異文化の「発想の自然」を、私はそれまでの知識でどうにか解釈しようと努める。そして、その過程に現れる、私自身の発想の自然を——それは極端な思い込みでも、間違った解釈でもかまわない——作品という形で描きとめようと試みる。
たとえば「虹」を考える。
「虹」は、今日多くの国で「七色」であると説明される。ところで、光りの屈折によって描き出された「あれ」は、本当に「七色」なのだろうか。
フランスの人類学者、レヴィ=ストロースによれば、世界には「あれ」を二色だ、とする民族もいる(た)という。虹が七色である、というのは今日の世界の「約束事」である。そして「言語」とは、ある領域の内部でのみ機能する、「約束事の体系」のようなものである。
「虹」はフランス語で「Arc en ciel(アルク・アン・シエル)」と呼ぶ。「天空の弧」、格調高いイメージだと思う。一方、日本語で「虹」は、蝶、蛇、蜘蛛、蛙などと同じく、「虫偏」によって記される。大昔の人々は、「あれ」を空駆ける生き物の一種だと想像したのかもしれない。
日本では「グリーン・アップル」のことを「青リンゴ」と呼ぶ。同じように、信号の色を「青」と形容する。
しかし、「あれ」は仏語や英語では「グリーン」であって、つまりこれらの日本語がいう「青」とは、他の「約束事」の中では「緑」となる。日本古来の認識方法では、「青」と「緑」は近かったのだろうか。
ならば、虹は永久不変に「七色」ではない。
フランスの哲学者、ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリが引用した人類学者の研究によれば、ネイティヴ・アメリカンのある民族は、彼らの性生活を土地の言語では流暢に語るが、同じ内容を英語に翻訳することはできないという。これはモラルの問題ではなく、当然言語能力の問題でもない。
つまり「その」感覚を表現する語彙が、英語には存在しないのだという。
そう考えてみると、感覚機能としての「わたしたち」は、同じものを見ても、そして同じ感覚に達しても、そこに「名前」を認めなければ、「それ」を伝達することができない。そして、伝達できないものは、限りなく「ない」に近しい。
一方で、当然特別な語彙を育んでいる文化だってあるだろう。言語学や人類学の専門ではない私が、ここで詳しく書くことは控えたいけれど、一般に文字を持たない、とされるイヌイットの言語が「雪」を説明するやり方は、他言語に比べても、もっとその「差異」に敏感であるとも云われている。
つまり、「何を知っているか」によって、「何が見えるか」は変わってくる。
——だとしたら。
人々は言語を違えても判り合えるのか? 判り合えるとすれば如何にして?
「鑑賞」も含めた第一次情報としての「アート」は、すでに一つの言語である。つまり、それ自体が「コミュニケーション・ツール」である。
今日、私たちの世界は広がった。
地平線は果てしなく、文化を違えた隣人たちと、共に生きる時代がやって来た。そんな現代の「アート」とは何だろう? 私の興味はそこにある。
アートという「言語」を、訪れた土地に「輸入品」として持ち込むのではなく、その土地の文脈に合わせてさまざまに変形させてみる。私が行っている「サイト・スペシフィック・ワーク」というのは、大体そういった作業である。
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Work information
DO NOT ART ー逆説、そこで禁止されているものはなんだ? (2006 – )
Project :
2006. Ssamzie Space, Seoul, South Korea
Video work screened :
2007. “10th International ISTANBUL BIENNIAL : Nightcomers”, Istanbul, Turkey
2007. Transformer Gallery, Washington DC, USA
Exhibition :
2009. “URBAN ®EVOLUTIONS – Festival Miden”, Kalamata, Greece
2008. “4th International Photo Biennale TashkentAle”, Tashkent, Uzbekistan
Award :
2010. 【Silver medal】 “5th International Photo Biennale TashkentAle”, Tashkent, Uzbekistan
Posted by 石井 潤一郎
石井 潤一郎
▷記事一覧Jun’ichiro Ishii
美術作家。福岡生まれ。2004年より、アジアから中東、ヨーロッパを中心に、20カ国以上でサイトスペシフィックアートを制作・発表。国際展「10th International ISTANBUL BIENNIAL : Nightcomers(トルコ ’07)」「4th / 5th TashkentAle(ウズベキスタン / ’08 / ’10)」「2nd Moscow Biennale for Young Art(ロシア ’10)」「ARTISTERIUM IV / VI(グルジア / ’11 / ’13)」参加他、個展、グループ展多数。パリ在住。