PANORAMA STORIES
ムーンライト・モーターウェイ Posted on 2016/12/21 石井 潤一郎 美術作家 パリ
マンハイムを抜けると周囲から車が消えて、暗い森へと続く道路だけが残った。時速150キロ。夜明け前のアウトバーン。チェコで解体した作品をフランスへと運ぶ。
ドイツの国境を越えると、走行速度が制限される。飛ばすなら今のうち、そう思ってアクセルを踏み込む。夜はまるでナイフを入れたバターのように、程よい抵抗で柔らかに裂ける。
作品の材料である木材は、荷台で静かに眠っている。およそ一トンの加工材。これを組み上げると長さ7メートル、幅4メートルの「疑問符」になる。私はこれを作品と呼び、作品は2016年の夏の間、プラハのヴルタヴァ河に浮かんでいた。
クエスチョンマークの曲線と円形を、簀の子状に制作しワイヤーで繋ぐ。波間に浮かぶ「疑問符島」は、風が吹けばのんびりと揺れ、波の押すままに伸び縮みした。水鳥がそこで昼寝をし、観光客は写真を撮る。ボートで近づく人もある。上陸は禁止。ひっくり返ると危ないから。
何故そんなものを作る? と問われてもちょっと困る。「クエスチョン」は思わぬところに現れて、それからユラユラと揺れている。――そんなものかね? ――そんなものです。のんびりと、そんなことを考える。のんびりと、そんなことを考えてもらう為の装置。「どうしてハテナが浮いている?」それが描きたかった風景であります。
正確を期すために少し訂正しておきますと、木造の「疑問符」自体は作品ではない。これは現場に入れることよって、初めて意味を獲得する。つまり、「その」空間に配置することによって。そういう形態の作品を「インスタレーション」と呼び、また「その場所」でしか成り立たない作品を、「サイト・スペシフィック」あるいは「サイト・レスポンシヴ・ワーク」とも呼ぶ。
日本を出発して12年。私はあちこちで、この「サイト・スペシフィック・インスタレーション」を実践してきた。アジアから中東、そしてヨーロッパのいくつかの町で・・・
一見したところ奇妙にさえ思える、訪れた土地の文化の様相から得た印象を、できるだけ素早く作品として描き止める。思い込みでも勘違いでも構わない、率直に、「スケッチ」するようなやり方で。
そうして自身の目で目撃しながら歩いて来たこの世界は、あらゆるところで千々に裂け、時には断絶しているようにさえ見えた。
雲が流れ、明るい月が覗きはじめた。気がつけばラジオの音が途絶えていて、私はオートチューニングを開始する。ドイツ語の合間に、フランス語の放送が混じり始めた。
フランスとの国境が近づいてくる。この辺りはもともとドイツで、戦争があってフランスになって、それからまたドイツへと戻った。・・・ややこしい。ややこしいけれど興味深い。もしもこの辺りで作品を作るなら、どんな作品が面白いだろう?
満月にはまだ満たないけれど、もうずいぶんと丸い月が、ゆっくり正面へと回り込んで来た。ドイツ人は「あれ」を「Der mond」(男性名詞)と呼び、フランス人はそれを「La lune」(女性名詞)と呼ぶ。「月」は、男性とも女性ともなり得た。
白い中央線が前方からやってきて、規則正しく後方へと去る。ラジオは、ドイツ語とフランス語の間を往き来している。まるで、「月」の性別を決めかねているみたいに。周囲に車は見当たらない。雲を脱ぎ捨てた裸の月が、「断絶した世界」を照らしている。
・・・「それ」は、断絶しているけれど、決して「断絶」なんかしていない・・・
国境の向こうにも、月の明かりは途切れることなく、そっと降り注いでいるはずでありました。
Work information
Point d’interrogation (2010 – 2016) Edition IV at Prague, Czech Republic
Posted by 石井 潤一郎
石井 潤一郎
▷記事一覧Jun’ichiro Ishii
美術作家。福岡生まれ。2004年より、アジアから中東、ヨーロッパを中心に、20カ国以上でサイトスペシフィックアートを制作・発表。国際展「10th International ISTANBUL BIENNIAL : Nightcomers(トルコ ’07)」「4th / 5th TashkentAle(ウズベキスタン / ’08 / ’10)」「2nd Moscow Biennale for Young Art(ロシア ’10)」「ARTISTERIUM IV / VI(グルジア / ’11 / ’13)」参加他、個展、グループ展多数。パリ在住。