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リエカ ~クロアチアの港町で見つけた光~ Posted on 2018/12/09 美月 泉 人形劇パフォーマー、人形制作、俳優 スロベニア・リュブリャナ

スロベニアのリュブリャナからバスで2時間半、クロアチア最大の貿易港リエカへ行ってきた。人に会うための、日帰りの旅である。

早朝のバスでリエカに降り立つと、アドリア海からの清々しい潮風に吹かれて一気に目が覚めた。この日のリエカは人形劇フェスティバルの真っ最中。9日間に渡るフェスティバルの期間中、国際ボランティアとして日本から派遣された二人の人物がいた。
一人はミナコ。 8年前、私が人形劇をやると心に決めた頃に札幌で出会った人形遣いだ。もう一人のケイタは俳優で、私が昔演劇を学んだ研修所の後輩だという。ミナコとは久々の再会、ケイタとは初めましてだった。
 

リエカ ~クロアチアの港町で見つけた光~

朝の9時半、フェスティバルのメイン会場であるリエカ人形劇場へ案内してもらうと、劇場内は既に高揚感で満ちている。子供たちは興奮のあまり何度も手を叩きフー! フー! と声を上げるので、ライブ会場かと錯覚しそうなほどだ。
ちびっこたちがこんなに場をあたためてくれたらパフォーマーはさぞやりやすいだろう。内心ニヤリとしながら、劇場という特別な空間でこれからはじまる何かを心待ちにする気持ちと緊張感は、年齢や性別、国や人種を越えて同じなのだと改めて知るのだった。
 

リエカ ~クロアチアの港町で見つけた光~

Photo by Minako Mori

 

リエカ ~クロアチアの港町で見つけた光~

人形劇を見た後、翌日のワークショップに向けて下準備をする二人を手伝いながら話を聞いた。今回の派遣は2年後を見据えてのことだと言う。2020年東京がオリンピックを迎える同じ年、リエカが欧州文化首都になるのだ。
欧州文化首都(European Capital of Culture)は、文化・芸術による各国の交流と相互理解を目指し1985年にEU(当時はEC)で発足した。欧州文化首都に選ばれた都市は一年を通じて様々な催しが行われ、その名の通り文化の中心地になる。当初EU加盟国内だけだった文化・芸術の交流は、今では世界100カ国を超える参加があるというから驚きだ。
 

リエカ ~クロアチアの港町で見つけた光~

Photo by Minako Mori

 
ヨーロッパに住んでいると自分の町が欧州文化首都になるのは大変名誉なことで、都市だけでなく国を挙げての準備が何年も前から始まる。
1993年以降は欧州文化首都の開催にEU・ジャパンフェストという日本のNGOが活躍しており、毎年多くの作品やアーティストが日本から参加しているのも注目すべき点だ。今回日本人が二人派遣されたのも、リエカが欧州文化首都を迎える準備段階の支援と調査、そして日本に向けて広報の役目があってのことだった。

そんな二人に、隙間の時間でリエカの町を案内してもらう。
「1週間リエカに滞在しているだけなのに、こんな風に案内して可笑しいね」
ミナコとケイタはそう笑っていたが、二人の案内と視点はとても細やかで的確だった。
市場や古本屋を巡り、昼の酒場でビールを頼む。白い石畳のコルゾ通りを歩き、町のシンボルである時計塔の前へ行くとすでに結構な時間だった。お腹はぺこぺこ。そのまま大衆食堂へ行き地元のごはんを食べ、海辺を歩く。
私たちは話し続けた。人形劇の話題に始まり、これまでの人生のこと、今の日本のこと、リエカもスロベニアもユーゴスラビアと呼ばれた時代のこと…
最近ではスロベニアを訪れる人を案内することが増えた私にとって、知らない言葉が飛び交う町を日本人に案内してもらい、ただただ語らうのは新鮮だった。その間陽気なリエカの人に声をかけられ、道行く人に何度も微笑まれた。
 

リエカ ~クロアチアの港町で見つけた光~

リエカ ~クロアチアの港町で見つけた光~

Photo by Keita Hara

 
別れ時の夕暮れ。海に立つクレーンがキリンのように見えて仕方がなく、あれを動かしたら巨大な人形劇ができるのにと皆で盛り上がっていた時だった。
空に彩雲が現れた。
光る虹色の雲は揺らぎながら形を変え、太陽はオレンジを濃くしながら刻々と地平線に近づいていく。
どこからともなく現れたカモメが歌い空高く舞いはじめた。
ああ、それはなんと美しい瞬間だっただろう!

「自然界のシアターだ…」とミナコは言い、「全ては繋がっている」とケイタがつぶやいていた。
リエカのこれからと、遠く日本から派遣された二人の未来を祝うかのような空と海とが、二人の顔を眩しく照らしていた。
 

リエカ ~クロアチアの港町で見つけた光~

2年後のリエカは人形劇に限らず様々な芸術作品で溢れるだろう。日本の作品やアーティストも多数派遣されるはずだ。
リエカに先に乗り込んだミナコとケイタの二人は、日本人の誠実さと感性をこの地に残しバトンを繋ぐ。そして今度は、彼ら自身の表現を形にし、日本で海外で伝えていくのだ。

2020年、日本から9000キロ離れたバルカン半島の港町で起こる芸術の祭典を思い描き、たった一日の短くも熱い旅を心に刻んで、私はスロベニアへと帰路についた。
 

リエカ ~クロアチアの港町で見つけた光~

Photo by Keita Hara

 
 

Posted by 美月 泉

美月 泉

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Izumi Mizuki
人形劇パフォーマー、人形制作、俳優。熊本県出身。2015年よりスロベニアの首都リュブリャナにてシリコンを使った人形・映像制作のチームに所属し活動中。日本では大人も子供も見られるヘンテコかわいい人形劇の活動をしています。人間と、その周りに在るモノや生き物たちが持つ物語に、日々目を凝らし心躍らせて生きています。