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スロベニアとミツバチ Posted on 2018/09/08 美月 泉 人形劇パフォーマー、人形制作、俳優 スロベニア・リュブリャナ

スロベニアで郊外へ車を走らせると、広大なアルプスを背に流れてゆく長閑な景色の中、時折風変りな小屋が目に飛び込んできます。
表面にカラフルな長方形が並ぶ小屋は、人間が使うには少し小さく、可愛らしい見た目をしています。
一体、何のための小屋でしょう?
 

スロベニアとミツバチ

車を降りてそうっと近づけば答えが分かります。
ぶんぶん大きな羽音とともに小屋を出たり入ったりしているのは数えきれないほどのミツバチたち。これはスロベニアの伝統的な養蜂小屋、ミツバチのための小屋なのです。
 

スロベニアとミツバチ

スロベニアは知る人ぞ知る養蜂大国。質の良い蜂蜜と穏やかで働き者のミツバチは、古くからスロベニア人の誇りでした。
私が蜂蜜を大好きになったのもスロベニアで暮らし始めてからです。アカシア、菩提樹、栗の花、ソバの花の蜂蜜、それから森の蜂蜜や花畑の蜂蜜と名付けられたものなど、さわやかに甘いものから癖のあるものまで、スロベニアの蜂蜜はよりどりみどり!
朝ごはんのヨーグルトやチーズに添えたり、お茶に入れたり、料理やお菓子の調味料として使ったりと、美味しい蜂蜜は毎日の食卓に欠かせません。
 

スロベニアとミツバチ

600年以上の歴史を持つスロベニアの養蜂が現在の形に確立されたのは18世紀、スロベニアがハプスブルク帝国の支配下にあった時代だと言われています。当時オーストリアの女帝マリア・テレジアの命で養蜂の指導者となったスロベニア人のアントン・ヤンシャが、2冊の著書と共に近代養蜂の技術を後世へ遺しました。
ヤンシャが繰り返し使えるように設計した巣箱は、ブロックのように重ねられ、スロベニア独自の養蜂小屋へと進化しました。
カラフルな巣箱の色にも意味があります。なんとミツバチには色を識別できる能力があり、巣箱に色を付けることで巣の位置を正確に覚えることが出来るのです。
 

スロベニアとミツバチ

さらに、病気や気候の影響を受けやすい繊細なミツバチを思い、巣の入り口には聖書の絵が描かれました。巣箱を絵で飾ることで、人々はミツバチの無事を祈ったのです。
飾り絵は、次第に農村の生活やお祭り、動物や架空の生き物などのユニークな構図が描かれるようになりました。祈りから始まった習慣が、自由な表現のキャンバスへ…
まるで絵本をめくるかのような愉快な絵を見ていると、人々が愛情を注ぎ、楽しみながらミツバチと生活を共にした様子がうかがえます。
 

スロベニアとミツバチ

近年、ミツバチの働きについて世界中が注目していることは、皆さんもニュースなどで目にしたことがあるのではないでしょうか。
ミツバチは私たちに蜂蜜の恵みを分けてくれるだけでなく、地球上の植物の受粉の大部分を担ってきました。世界の食料は、ミツバチの働きなしには3割しか育たないと言われています。
しかし、人間の食料確保・大量生産のために大規模農園へミツバチが放たれた20世紀後半以降、多くの巣を原因不明の死が襲いました。過度なストレスと栄養の偏り、農薬の影響など、今も世界各地でミツバチの減少が問題になり、研究が続いています。

スロベニアでは受粉のために人為的にミツバチを放つことはないと言います。
ミツバチ本来の能力を生かし、できるだけ自然に近い形で共生を続けてきたスロベニアの養蜂に、今後私たちがミツバチ、そして他の動植物と共に生きていくための重要なヒントが潜んでいるように思えてなりません。
 

スロベニアとミツバチ

umreti(ウムレティ)

これはスロベニア語で、ミツバチと人間の死を表す言葉です。日本語の「逝く」に近い意味を持ち、他の動物の死に用いることはありません。
一つの言葉に込められた最上の信頼と敬意。スロベニア人とミツバチの深い絆を知った今、毎日の食卓でいただく蜂蜜がますます美しく黄金色に輝いて見えます。
 

スロベニアとミツバチ

なお、スロベニアでは皆が蜂蜜を好きすぎるせいで、採れた蜂蜜のほとんどがスロベニア人の胃袋へと消えてしまいます。輸出される蜂蜜は極わずか。
地産地消は大変に素晴らしいことですが、もうちょっとだけ「スロベニアの蜂蜜よ、世界に広まれ!」と、美味しい蜂蜜を日本や世界の皆さんと共有したい気持ちでいっぱいです。
そんな中、今年は私自身も養蜂に触れる機会が重なりました。日本からスロベニアへ嫁いだ友人夫妻が新しく養蜂小屋を作ったり、スロベニアの養蜂を学ぶため、まさに今日本から来訪中の知人がいたりするのです。
きっかけや思いは違っても、それぞれにスロベニアの養蜂に魅せられた者たち。
強い意思の目でスロベニアのミツバチを語る友人たちの話に耳を傾けながら、
「日本でも、スロベニアの蜂蜜を身近に味わえる日が来るのでは…」
と淡い予感とともに、養蜂の架け橋を思い描く暑い夏の日でした。
 
 

スロベニアとミツバチ

Posted by 美月 泉

美月 泉

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Izumi Mizuki
人形劇パフォーマー、人形制作、俳優。熊本県出身。2015年よりスロベニアの首都リュブリャナにてシリコンを使った人形・映像制作のチームに所属し活動中。日本では大人も子供も見られるヘンテコかわいい人形劇の活動をしています。人間と、その周りに在るモノや生き物たちが持つ物語に、日々目を凝らし心躍らせて生きています。